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第二話:存続の危機編.18


そこへ、いのししでも突進してくるかのような、階段を駆け上ってくるものすごい音がした。
皆が驚いてドアの方を見ると、乱暴に音を立てて二人の人物が飛び込んできた。
「やっぱここじゃない!あんた達!よくもこんな汚い手で邪魔してくれたわね!」
「真理子さん!本田さん!」
なんと、真理子さんとサンダーバードの本田ではないか。二人が茨城にいるとばかり思っていた桃子はびっくり仰天だ。
「鳥越さん、人数クリアしたのよ!サークルは存続よ!」
吉乃さんが歓喜の声で彼女を迎えた。わけのわからない真理子さんと本田はしばらくぼんやりしていたが、やがて皆が我先にとわいわいがやがや説明する声に状況を理解し、 それから真理子さんは、軟派男山本の方につかつかと近寄っていくと、突如ボディに渾身の一撃をお見舞いした。げげっ・・・誰も止める間もなく、中段前蹴りが決まった。スカートでそれはちょっといただけないが、お見事。
驚愕する皆さんを横目に、床に倒れのたうち回る山本先輩を満足げに見下ろし、そして真理子さんは、かずみに笑いかけた。
「おめでと。お幸せに。」
「ま、真理子さん・・・。」
真理子さん、真理子さん、と、桃子もえりこも、まこも、ようこも、吉乃さんも、彼女のところにわらわら寄っていった。
「なーに。あなた達。」
真理子さんはちょっと泣きそうになっていたが、照れたような、嬉しそうな顔をした。
「それにしてもどうやって帰ってきたの?恩田くん達は大丈夫?」
吉乃さんが心配して聞くと、真理子さんはふふんと笑った。
「二人とも上野の病院に連れて行ったわ。それに今はね、二十歳越えてて運転免許証があればむじんくんで簡単にお金貸してもらえるのよ。」
「何ですって!」
静かに眺めていた桜木さんが突如恐い顔をした。普段のお嬢様の風情から想像つかないその迫力に、思わず皆息をのんだ。
「何てことするの!会長!」
桜木女史は椅子に座り込んで足を組んでいた会長を振り返る。
「お金貸して下さい!小切手じゃなく現金で。」
「はいよ。」
桜木さんは祐天寺会長の札入れに現金が詰まっているのを確認すると、財布ごと真理子さんに押しつけ、部室から追い出した。
「今すぐ返して来なさい!学生の分際で今後あれに手を出したら許しませんよ!」
「あの、よっちゃんや勇ちゃんの病院代もむじんくんで借りたから、ここから払っていいですか?」
「いいわ!さっさと行きなさい!」
桜木女史が目をつり上げて怒るので、真理子さんと本田は慌ててむじんくんへ走った。
「金銭的な攻撃をしかけた会長のペナルティです。」
「なんのことやら。・・・グレンロイヤルの財布は気に入ってるから返して頂きたいね。」
彼は完全にすねて向こうを向いてしまった。

「想像以上の悪女だったよ。」
祐天寺会長は自分の負けを意外に潔く認めてくれた。
「単に策略であなたを利用したんじゃなくて、私はただ、本当に一緒に踊ってもらって、フォークダンス部のようなマイナーサークルのことを少しでも理解してほしかったんです。」
「いやもう、十分踊らされたよ。君の掌の上でね。依田も高崎も、君にたらしこまれてしまうとはね・・・。」
それを聞いて依田さんは笑った。
「いや〜。祐天寺より桜木ちゃんの方が魅力的だし、それに信用できるからね。彼女信望が厚いよ。当然でしょ。」
そうだそうだと桃子やようこ達が騒ぐと、会長は不機嫌そうに睨んできた。
「私、クビですか。」
桜木さんが聞くと、
「いや・・・。もう、次期会長に推薦するしかないって感じだな。」
祐天寺は首をすくめた。

「ね、せっかくだから、皆で踊ったらどう?」
吉乃さんが提案すると、大賛成の返事が部室に響いた。
男性陣が大きなカセットデッキを抱え、女性陣も折角だからと各々部室にある民族衣装を選び、カセットテープとダンスシューズを持って旧ロッカールームへ向かった。
「桜木くん、僕たちはもう行くよ。」
祐天寺はそう言うが、桜木さんはそれを止めた。
「私たち部員になったんだし、祐天寺さんも踊りましょうよ。」
「・・・僕は遠慮するよ。」
「もう土曜は予定も無いんでしょう。」
「・・・・・・。」
だがいじめっ子の桜木さんが彼等について行ってしまうので、祐天寺会長も彼女についてきた。一切口をきかなかった鞄持ちの森本も、桜木さんの荷物を持ってついてきた。

マビ・ボンチュク(Mavi Boncuk)というトルコの曲が華々しく流れた。遊行さんが優しい顔で桜木さんの右手を取ってあげていた。桃子は彼女の方へかけより、その左手を取った。
「小指ホールドでーす。」
桃子は桜木さんにこの踊りの連手の方法を説明して、小指をつないだ。情感のこもった女性の歌がとても美しく、桃子も好きな曲だった。
それから、真理子さんや本田も帰ってきて、いろんな簡単な曲が流れ、初めて踊る桜木さんにもできそうな曲がコール(踊り方を講習すること)された。彼女はいつもとちょっと雰囲気が違うように見えた。その笑顔が、なんだか高校生のように見えて仕方ない。
さっきからお互い全くの他人としての態度しか見せないが、桜木さんはどうやって遊行さんと出会ったのだろう?遊行さんの優しい目は桜木さんに何か語りかけていた。優子ちゃん、と彼は彼女を呼んでいたのだ。桜木さんは?やっぱ「遊行さん」だろうなあ。桃子は顔が笑ってしまうのをこらえきれず、また部員達になんだなんだと指摘されてしまった。

桜木さんが疲れて隅の地べたに座ると、遊行さんがその隣に座った。吉乃さんが遊行さんの方を見ていた。ちょっとどきりとして、桃子はこっそりじりじりと二人の方へ寄り、耳を澄ました。
「優子ちゃん、ごめんね。いろいろと・・・。今日のことも。」
遊行さんは言った。
「いいえ。私こそ。あなたの人生を滅茶苦茶にして、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。」
桜木さんの声はいつものように芯が通っていたがいつもよりか細く、少し震えていた。
「そんなことは無いよ。君の気持ちはとても嬉しかった。応えてあげられなかったけど・・・。君が杉並大に入っていたことは知らなかったよ。それに、今はあの会長が優子ちゃんの恋人かな。」
遊行さんは壁に寄りかかって時々こっちを見ている祐天寺の方を見て、言った。桜木さんは眉をひそめ本当に心から嫌そうに否定して、そっぽを向く。
「僕は失ったものなど無いよ。今も万葉集を専攻してるし、福徳大でフォークダンスを知った。それに・・・。」
彼は踊っている吉乃さんと目が合うと、彼女に笑いかけ、手を振った。
「吉乃とも出会った。」
ええ!と桃子が叫ぼうとした時、彼女の背後で大声がした。
「えええええ〜!」
桃子はびっくりして飛び上がった。桃子の後ろにくっつくようにして、同じように遊行さん達の会話に聞き耳をたてていたのは、遊行さんや吉乃さんの後輩えりこだった。
「よ、よしのって!遊行さんいつもは吉乃さんのこと世羅さんとか世羅ちゃんって・・・」
「なになに」
踊っている皆がこっちを見たので慌てて自分の口をおさえ、えりこは首を横に振った。
遊行さんが話を聞かれていたのを知って、笑う。
「えりこちゃんにも後輩なのに隠しててごめん。世羅吉乃と俺付き合ってるんだ実は。」
ええっと、部屋中の皆が驚いた。
「何い!いつの間に!」
カセットテープを選んでいた東条部長は心底驚いたように目を見張っていた。
「いや、もう一年の時から。」
遊行さんは爽やかに笑っている。公衆の面前で唐突に暴露されて吉乃さんも驚くかと思ったら、意外にそうでもなく、彼女はちょっと困ったように笑っているだけだった。
「おお。今日は婚約発表や交際宣言や、めでたいことだらけだな。今日はウェディングダンス特集だ!」
本田が上機嫌で叫んだので、皆笑った。
桜木さんもにっこりと笑っていた。そして彼女は桃子の方に来て、踊りはとても楽しいと言った。桃子はほっとして、うまく言えないけれどとても心が温かくなって、だけど少し泣きそうな思いになった。

そして世界各国のありとあらゆるウェディングダンスがかけられた。桃子の知らない曲もたくさん。アルメニアの「ハルサニーク(Harsaneek)」やブルガリアの「スバドバルスカ・ラチニッツァ(Svatbarska Râčenica)」(7拍子)、ハンガリーの「カロチャイ・ウグロッシュ(Kalocsai Ugros)」(通称・死の舞踏と言われる程女性がハードな一曲)、アルバニアの「アルバンスカ・スバドベナ・イグラ(Albanska Svatbena Igra)」(女性が男性に求婚する踊り)それからとにかくめでたそうな華やかな曲が次々流れていった。結婚式の時、ブルガリアやハンガリーの村々では、格式張った正装はせず、汚い格好で思い思いに、知った人も知らない人も輪に加わり、踊りまくって花嫁と花婿の結婚を祝い騒ぐのだ。 隅で体育座りをしていた森本も何故か引っ張り込まれていた。皆がこの輪に加わるのだ!

桜木さんはバレエをやってたとかでなかなかうまい。マケドニアのレスノートメドレー(NAMA Lesnoto medley)を踊っている時、ふと目が合った桜木さんは桃子を見てにっこりと笑った。桃子は胸がどきりとした。彼女の手はふわりと桃子の手に預けられて、ふっと飛んでいきそうな妙なる軽い空気がそこにあった。だが、ぎゅうぎゅう手をつないでいなくても、ぴったりと、彼女と寄り添いあっているように感じた。きっと桜木さんは、今でも遊行さんのことが大好きだ。桃子はそんな桜木さんが大好きだと思った。そんな気持ちをどうやって伝えたらいいのかわからず、桃子はこう言った。
「ほら、今日、フォークダンスの神様が降りてきてますよ。そう思いませんか?」
ゆったりとした七拍子のレスノート。桜木さんの目が一瞬いきいきと笑い、きらりと光った。美しい女性のボーカルが、切なく桃子の胸に染みた。

スコットランドのリールの一つ、エイトサムリール(Eightsome Reel)を踊ることになった。八人で踊る曲なので全員は出来ないが、上級生達が中心になって、でも一年生も無理矢理加えて、スクエアを描いて向かい合った。ジャーンと華やかなアコーディオンの和音が鳴り、リズムに乗って隊列は動き出した。皆で輪になってぐるぐる回って(サークルエイト)、風車を作ったり、逆に回転したりし、その場で二人で組になって両手を取り合いパ・デ・バスクで一回転(セットターン)、鎖状にうねうねと移動していくグランドチェーン、三人で追いかけっこするみたいに八の字を描くリール・オブ・スリー・・・。夢のように、パズルのように、不思議な絵が展開した。桃子は部長と組んで、もう始終にこにこ笑っている。東条重美部長はそんな彼女を嬉しそうに、でも少し照れたように、じっと見ながら、踊っていた。そんな視線に桃子も気付いて、やはり照れたように、じっと部長を見た。

遊行さんと吉乃さんが手を取り合ってターンをしているのを見ながら、桜木さんはそっと旧ロッカールームを抜け出した。外はいつの間にか暗くなっていて、丸い月が東の空に見えた。周りの木々は夜風に芳しい匂いを放ち、木の葉のざわめきが、賑やかな音楽の間に聞こえてきた。
桜木さんは小屋に背を向けて目を瞑り、静かに黙って微笑んでいた。耳を澄ませて、皆の幸せな笑い声を聞きながら。
「優子ちゃん。」
そう呼ばれて振り返った。そこに祐天寺会長がいるのを見つけ、桜木さんは急に恥ずかしくなって、むっとした表情を見せた。
彼は笑いながら近寄ってきた。
「優子ちゃんはえらい。よく皆の前で泣き出さなかったね。」
桜木さんは唐突に馴れ馴れしい呼び方をしないでほしいと文句を言おうとしたが、代わりに、涙が二、三滴ぼろぼろっとこぼれた。
だが、そんなこと意に介さない様子で、桜木さんは強気に涙をぱっと払った。
「フォークダンスサークルは存続ですね。」
「まあ、人数はいるからね。でもこれからまた新入生を頑張って獲得しないとその先が無いよ。」
「はい。」
「名誉顧問の宮様とOBOG会には一緒に説明に行ってくれたまえよ。サークル担当として。」
「はい。かしこまりました。」
ここからはもう完全にいつもの桜木さんに戻っていた。
「・・・で、スコットランド行きのチケットを手配したいんだが」
「は?」
不意打ちで会長が話題を変えたので、桜木さんも少々面食らった。
「手配したいんだが、・・・携帯がまだ通じないんだな。」
彼は頭をかく。思わず桜木さんは自業自得よと笑いそうになるが、つんとそっぽを向いて無視することにした。
「一緒に行こうよ。まさか高崎とできちゃってるなんてこと無いよな?」
言いつつ、実は内心あの高崎たくみの顔を思い浮かべてどきどきの会長である。
「冗談でしょう。大体、私は就職活動が有りますから。」
「○○化学は蹴ったんだろ?じゃ、院に行けばいいじゃない。そうだ、一緒にケンブリッジに行かない?」
「構わないで下さい。曜日ごとに違う恋人のいる方とは仲良くなれそうにありません。」
これがこの人流の慰め方なんだろうかとため息を吐きつつ、はっきりと断る桜木さん。
「だって君が二人も追っ払っちゃったじゃないか。月曜から日曜まで一人の恋人しかいない男とだったら仲良くなれるだろ?遊行さんみたいに。」
ふん、もう一人いたのかと腕を組んで、桜木さんは無視を決め込む。
「ま、君がOKしてくれなきゃ僕は月曜から日曜まで恋人のいない男になってしまうんだがね。」
「・・・もう。あなたって人は。」
桜木さんは思わず苦笑して、また旧ロッカールームを見た。
中ではまだスコットランドのエイトサムリールが終わらず、大勢の輪に囲まれ、ソロを踊っている遊行さんが見えた。彼は両手を高く上げ、牡鹿の角に見立てたポーズをとって、勇壮な跳躍を見せていた。それからまた隊形は動いていき、動きを間違えた人々の笑い声が聞こえてきた。
「ハットリ君こっちこっち〜!」
「きゃーぶつかる!」
桃子も、東条も、えりこも、依田も、本田も、真理子もかずみも山本も、一年生達も、そして遊行さんも吉乃さんも、皆一緒に笑っている。笑い声はいつまでも、いつまでも消えない。
「そうねえ・・・」
桜木さんはそんな光景を見ながら、ため息をついた。
「スコットランドも、悪くないかもしれませんわね。」
それから桜木さんは、突然祐天寺会長に抱きついて、わーんと泣いた。
まるで、女子高生のように。


我が背子(せこ)に恋ふれば苦し暇(いとま)あらば拾ひて行かむ恋忘れ貝。

・・・彼に恋して恋い焦がれていると苦しくてたまらない。(旅の途中だけれど)拾っていく時間があったら、拾っていこう。恋を忘れさせてくれるという、片恋の二枚貝を。

大伴坂上郎女(万葉集6-964)


フォークダンスの神が降臨する −終わり−


あとがき

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written by Nanori Hikitsu 2005.4
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