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第二話:存続の危機編.17



「で、この名簿はどういう扱いですか。我々がこれに虚偽の事実を書いていないかどうか今すぐにはわからないのに、我々が今日の四時という時点に限って人数を数えられ判断されるのはおかしくないですか。」
部長は確認するように言う。それはわら半紙のような紙に定規を使って引いた線が入った表で、ずっと昔からサークルの提出用公式名簿用紙としてこの大学で使われていた物だった。
「・・・確かに、原則決定は本日この部室内で行います。この名簿に、幽霊部員の有無や、住所などの内容に詐称が無いかといった確認も今すぐにできるものではありません。」
桜木さんは少し笑った。そんなことまで言わされたのは初めてだった。サークル側が自分たちの不正の可能性を言い出すことは通常無いから、東条部長がそう言いさえしなければ、学生連合の手落ちを明らかにされてしまうことはなかった。
「じゃあ、この名簿をもとに、今ここにいる人数とその割合を比べることはできないでしょう。」
しばらく桜木さんは黙っていた。彼女が失敗したら祐天寺が、最終手段として会長の権限で裁断を下すつもりらしかった。ここで部長が頑張っても意味が無いのだ。だが部長は投げやりになったりはしなかった。
「では・・・今、名簿を変更しますか?」
「・・・いいえ。」
部長はきっぱり言う。ここで名簿操作をして無理矢理つじつまあわせをすることは、結局のところ不正行為だ。東条部長の信条に反するのだった。だがもし変更すると言えば、「午後四時の時点で」正式な文書に虚偽の記載をしていたことになってしまい、それを理由にサークル審議会に呼び出され、そのままサークルお取り潰しである。 焦って言葉尻を捉えられるようなことを言わなかったのが、結果として桜木女史の魔の誘いをクリアすることになった。
「そんな風に、規約なんてどうとでもできるということが言いたかったんです。でも、あなた方は、サークルを潰す目的を覆すことは無いんですか。だったら、僕達がどう努力したって、あなた方の目的は達成されてしまうんですね。」
「・・・そのような目的はありません。」
言いつつ、その声は困ったように苦笑を含んでいた。桜木さんは目を伏せている。少し諦めが入っているようにも見えた。
桃子は遊行さんの方を見てみる。彼は決して(立場上当然だが)援護せず、静かな目で桜木さんを見ていた。桃子はそんな遊行さんに少し苛立つ。彼女が板挟みになって苦しんでいることが桃子にもこの時よくわかったから!
もういいです!と、桃子は叫びたくなった。部長が頑張るほど、桜木女史は強硬手段に出ねばならなくなる。 どうにもならないなら、フォークダンスサークルは潰れてもいい。桜木さんにこんな悲しい思いをさせたくない。

祐天寺会長は、腕を組んで苦々しげに様子を見ていたが、ここまでだな、と見切りを付け、とうとう壁から離れ、桜木さんの方に来ようとした。
彼女はこの仕事をするには良心的過ぎるのだ。そして・・・彼女は恋に目が眩んでいる。特定の団体や人物に思い入れが有るから・・・。
彼はこれ以上桜木さんに場を任せるつもりは無かった。


「何か面白くないねえ。」
その時突然、大きな声がした。
何事?!誰?びっくりして皆は声の主を探す。でも、それはここにいる誰でも無かった。
「桜木ちゃん、伝家の包丁を抜かないの?待ってるんだけどなあ。」
そう言って、ついたての向こうから顔を覗かせたのは、なんと、依田さんではないか!
「あの、確かに同じ刃物ですが、正しくは、包丁じゃなくて、伝家の宝刀って言うんですよ。そもそも伝家の宝刀の意味するところは・・・」
「ぶ、部長・・・。ジョークだと思いますよ・・・?」
依田さんの面白くもないシャレに突っ込みを入れようとしていた桃子は、思わず東条部長の大真面目な大ボケの方に突っ込んでしまった。
「・・・っていうか、依田さん?!」
「おまえは依田!」
何故か祐天寺会長は度肝を抜いたように立ち尽くした。
「貴様こんなところで何をやってる・・・!」
え?知り合いだったのか?桃子達はびっくりして、まじまじと依田さんと祐天寺会長を見比べた。
「ははは。いや〜。ばれてなかったのか。さすがだな、桜木ちゃん。」
彼はジャズダンス部のブースからのそのそ出てきた。こうして立っているとやはり背の高い人だ。一瞬皆わけがわからなかったが、おそらくいつの間にか、ついたての向こうの、フォークダンス部と反対側の入り口から入ってきて隠れていたのだろう。
祐天寺はきっと桜木さんの方を見る。
「そういうことか・・・。」
「何?どうしたんですか??」
桃子はまだ訳がわからない。
「いや、僕は単に、フォークダンス部に入っただけですよ?」
「嘘吐け!貴様、桜木くんと手を組んでいたな。」
「いやあ、手を組むも何も。何か楽しそうだったからね。踊りも楽しかったし。というか、僕は部員だよ。」
「あれ?でも依田さんは休部・・・」
東条部長が余計なことを言ったので、皆が殴りかかった。
「ははは。実は、院試は昨日で終わったんだ。これは入試要綱見たらばれるから、さすがに誰か気付くかなと思ったけど、誰も僕のことなんて調べてくれないんだもんな。祐天寺のスパイも僕が部員だと思ってなかった上、休部して姿を見せなかったから油断したね。今日から復帰。ということで、復帰届ね。」
依田さんはほいと部長に紙切れを渡した。
「・・・午後四時の時点で部室内に復帰届が存在したので、規約通りこれはカウントされます。部室とは、このプレハブ二階全体を四サークル共有の部室とし、ブースは各サークル専用のスペースを意味するものと規約から解釈されます。」
桜木さんがそう言って、ちょっと上目遣いで祐天寺を見た。
「・・・・・・。」
祐天寺はものすごーく不機嫌な顔をした。
「いやね、二年半前に、学生連合会長選挙で、随分汚い手で選挙妨害をされてね。祐天寺君に。惜しいところで落っこちちゃったよ。ははは。」
「依田さんがあ?!」
桃子も・・・おそらく入学直前の春でそのバトルを目撃できなかった東条部長も、目を見張って依田を見た。
「ひどーい!だましてたんですか!」
「違うよ。僕は本当に単純に、君達に誘われて入部しただけだよ。ま、桜木ちゃんにあれこれ、休部届出せとか何だとかは言われたけどね。一緒に旧ロッカールームを掃除した仲間じゃないか。ははははは。」
依田さんがあいかわらず依田さんらしいので、桃子も東条部長も脱力した。

「・・・だが、ちょっと待ちたまえ。これでも四分の三には満たないね?」
会長が強気に口を挟んだので、皆顔を見合わせる。今のところ、全部員は
桃子、部長、ハットリ、まこ、ようこ、真理子、恩田、本田、庄田、依田。以上十名。
そのうちここにいるのは、
桃子、部長、ハットリ、まこ、ようこ、依田。以上六名。
十名の部員に対し、四分の三満たすと言うと、七名必要なのだ。ちなみに計算上の端数は切り捨てとされている。
「うん、まあ、そうだなあ。」
六人もいるのになあ、まったくと依田さんは少し考えてから言う。
「人数調整しなきゃね。じゃあ、かずちゃんちょっと出てきて。」
なんだなんだ!出て来てって一体・・・。
のそのそと二人の人物が出てきた。
「あああ〜!かずちゃん!そして、山本先輩!!」
「うわあ〜!ま、真理子さんいなくてよかった・・・!」
部長と桃子が同時に叫んだ。
そう。彼らは、真理子さんと二股かけて一女と付き合いだした軟派OBと、当の当時一女、桃子の同期かずちゃんだった!
サークルを潰しかけた元凶が!
「たくみ君が、彼女と同級生なんです。」
桜木さんはいつのまにか笑っていて、また祐天寺会長を上目遣いに見た。
「た、たくみ君?」
「ええ。高崎たくみ君・・・ごめんなさい、あなたのお気に入りの美少年。」
「・・・・・・。」
祐天寺会長は冷静を装っていたが、とうとう懐から携帯を取り出し、いらついた手で操作している。
「あの、圏外ですよ・・・。」
親切にも吉乃さんがそっと忠告する。
「あの、クラスのアイドルの高崎君に説得されて、謝りにきたんです。ごめんなさい。自分のことばっかり考えて。あの、でも私たち幸せで・・・。」
かずちゃんは素直でかわいい子だった。軟派男にはもったいない。だが、軟派男は、深々と頭を下げると、言ってのけた。
「迷惑をかけて本っ当に申し訳ない。この通りだ。だが、かずみを愛してる。かずみはまだ学生だけど、でも、年明けに結婚することにした。」
うわああ〜!
部室は沸いた。真理子さんは気の毒だけど、それはめでたい。えりこも自分と同学年の子が学生結婚なんて信じられないように目を見開いていたが、きらきらとした笑顔に変わった。
「おめでとう!」
口々に叫んだ。
「でも、学校も、サークルも、続けます!私、また復帰届書いてきたんです!」
かずちゃんは部長に入部届(復帰届)を提出した。これも四時の時点でここに有ったのだから、カウントされる。
さて、また計算が面倒になってきたが、今の状況はこうだ。
全部員は
桃子、部長、ハットリ、まこ、ようこ、真理子、恩田、本田、庄田、依田、かずみ。以上十一名。
そのうちここにいるのは、
桃子、部長、ハットリ、まこ、ようこ、依田、かずみ。以上七名。
「うーん。やっぱりあと一人かあ。」
皆はがっかりするが、二人出てきたってことは、もしかしてついたての向こうにまだ誰かが隠れてないかなと期待して、わらわらと隣のブースや反対隣のブースを覗いてみた。しかしもうストックは無いらしい。
でもまあ、もうここにいる皆、細かいことに一喜一憂するのをやめ、とてもうきうきした気持ちになっていた。だって、もしこれでもうおしまいになってしまったとしても、それでも今こんなに皆で笑ったり、びくびくしたり、驚いたり騒いだり、そういうのも、幸せじゃない?そう思って・・・。

突然、桜木さんが口を開いた。
「それで、これ。東条さん、受け取ってもらえるかしら。私ね」
「桜木くん!」
彼女が何をしようというのか悟って、祐天寺会長は、叫んだ。
「私ね、桃子さんにフォークダンスの神様の話を聞いたときから、踊ってみたくて仕方がなかったの。本当よ。」
「桜木くん!血迷ったか。やめなさい!」
あわてて祐天寺が桜木さんの腕を掴んだ。彼女はファイルから二通の封筒を出していた。え?二通?
「これって・・・。」
封筒を開けてみた東条部長は、呆然として、身動きも取れなかった。
「な、どうしたんですか?!部長?!」
「祐天寺さん、ご自分の署名と印鑑ですよね?これ・・・。この入部届。」
「なに?!」
見ると、ワープロ打ちの入部届の名前欄には、確かに祐天寺のサインと印鑑が入っていた。彼は呆然として桜木さんを見る。
「私は有印私文書偽造などしませんよ。」
「じゃ、これは誰が・・・。」
穴のあきそうなほど、会長は書類を見る。確かに自分の字だった。ちょっとよたってはいるが・・・。そしてふと思い出すことが有った。
「水曜日の彼女、○○○○○部の部長でしたわね。過去の帳簿を整理していたら予算申請書類におかしなところが有って、よく調べましたの。そしたらかなり悪質な不正が・・・ふふ。」
「・・・三日前の水曜、飲みすぎて前後不覚になってしまった時か・・・。あいつ・・・」
会長は、二つ折りの携帯を開いたり閉じたりした。
「それから、ついでに土曜日の彼女は、ファンクラブの方なんですってね。抜け駆けがばれたら大変なことになりますね。」
「な・・・なんだって?!」
すると桜木さんはどういう意味だか艶やかに笑う。
「いえ、大丈夫です。今や彼女、たくみ君のファンクラブに入っちゃいましたから・・・。」
ついに会長は携帯を床に落とした。そのまま拾おうともしない。
「た・・・高崎が・・・」
「水曜と土曜に予定の空いてしまった祐天寺さんは、フォークダンス部の活動に参加可能なんで、この時点で幽霊部員とは断定できません。よって、この入部届は本日四時の時点で有効とみなします。」
「・・・・・・。」
誰もが初めて見る祐天寺会長の茫然自失の顔だった。

さて現在の全部員はというと。
桃子、部長、ハットリ、まこ、ようこ、真理子、恩田、本田、庄田、依田、かずみ、桜木さん、祐天寺。以上十三名。
そのうちここにいるのは、
桃子、部長、ハットリ、まこ、ようこ、依田、かずみ、桜木さん、祐天寺。以上九名。
・・・てことは・・・
「クリアした!!!」
皆が叫んだ。



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written by Nanori Hikitsu 2005
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