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第二話:存続の危機編.15


オンダボンダションダデ〜ル♪


困ったことになった。
鳥越真理子さんと連絡がとれないのだ。部員名簿から、真理子さんの家に電話してみると、なんと、真理子さんと、恩田、本田、庄田の三人はスパリゾートハワイアンズに遊びに行って、昨日帰ってくるはずが、一人熱を出して足止めを食っているうち帰れなくなり、今日朝の特急で東京に向かっているはずだというのだ。
特急の中では多分電波も悪くて電話が通じないのだろう。茨城だったら、遅くとも午後四時までには東京に帰って来られるだろうけれど・・・。熱を出したって、大丈夫なのだろうか。

今は午後一時。東条部長と二人で、家にいても落ち着かないからと待ち合わせて早々と部室に来てしまった。だが、部室に来てもやはり落ち着かない。
「あ〜〜いらいらする!」
桃子はうろうろと部室を歩き回る。そして十七分進んでいる時計を何度も何度も見る。
東条部長は音楽再生デッキの電源を入れ、適当なカセットテープをかけた。雑音の後に、曲が始まる。
「メキシカンワルツかあ・・・。」
女性は大胆にスカートを翻し、男性が思い切りよく女性に抱きつく(実際は抱きつかない。片膝を地面につき、女性の腰に手を回して、女性の背中の後ろで手を叩く。)ところがラテン系と言えばラテン系だが、曲はアメリカの曲である。アメリカ人のイメージするメキシコ、といった感じだろうか。六拍子の速いテンポのワルツで、ちゃんとステップするのが意外に難しいのだ。
「こんなの聞いてると余計いらいらします〜。」
「桃子ちゃんもわがままだねえ。」
部長は笑って、スコットランドの曲を選んでかけた。
「これ、今の人数じゃできるかどうか微妙ですね。」
五十一師団リール(Reel of the 51st Division)である。スコットランドの民族舞踊は大まかに言って二種類有り、一つがハイランドダンス、もう一つがカントリーダンスである。ハイランドダンスは結構難しい技術のいる踊りで、足先を器用に使って、歯切れ良く、上に向かって跳躍するような踊りである。 バグパイプをメインにした演奏で、カップルやチェーンに繋がらずに踊る。床に十字に置いた剣を踏まないように飛び回るソードダンスもこの一種である。スコットランドではキルトというスカート状の民族衣装を着てこのハイランドダンスを競う大会があるらしい。桃子はまだそんな難しいことはできない。カントリーダンスの方は、もう少しは桃子にも馴染みが有って、例えばリールは四組八人の男女のカップルで一つのチームになって踊る、華やかで楽しい踊りだ。演奏もたくさんの楽器を使って華やかに行われる事が多い。一カップルずつが順番に、きれいに並んだ他のカップル達の間をくぐり抜け、他のカップルの異性と手を取り合って回ったり、また、全員で輪になってぐるぐる回ったり、そうかと思うと突然カップルで踊り出したり、それを順々に繰り返すような、非常に規則正しく、長い踊りである。
いつまでもいつまでも繰り返す規則正しいリズムと、少しずつ曲調を変え華やかさを加えたり引いたりしながら繰り返す同じフレーズ、バレエのように決まった型の立ち方、足の角度、移動する時も止まっている時も決まったステップがずっと守られ、それらがしつこくしつこく繰り返されながら、決して飽きることは無かった。
桃子も東条部長も黙って聴いていた。浜に押し寄せる波を見るように、心はよせては返す音楽の波に魅了され、心臓の音が、ゆっくりと、曲のリズムと重なっていた。

「こんにちは!」
突然、一男が入ってきた。
桃子も東条もびっくりして思わず立ち上がる。
「ハットリ君!来てくれたのね!」
「モモコどの、ご無事でござるか!」
何をやってるんだととっさに呆れて物も言えない東条部長であった。だがほっとして、部長もにこにこと笑う。
「君も桃子ちゃんに仕込まれたのかあ。うーむ。桃子派ばかりで肩身が狭くなってきたよ。」
「何をおっしゃるシゲミ氏。」
桃子のはしゃぎようもちょっと普段と違ったが・・・。
皆でパンを買いに行き、そんなことをしているうちに、時刻は三時になった。だが鳥越真理子さんもサンダーバードも来ない。留守電に入れたメッセージの反応も無い。不吉な予感がした。遅くとも三時には集合って言っていたのに。
部員名簿を取り出し、人数を数えながら無意味に何度も名簿を指でたどっているうち、桃子は急に泣きそうになった。
ああもうこんな不安は嫌。これまでこんなに頑張ってきたけど、やはり駄目なものは駄目なのだろうか。こんなに皆で一生懸命やってるのに、学生連合はフォークダンス部なんて虫けらのように思って、平気で切り捨てようとするのだ。こんなに大好きなフォークダンスなのに・・・。
「桃子ちゃん、泣くなよ・・・。」
そう言われて、どっと涙が溢れた。
「まだ泣いてません!!」
「いや、もう泣いてるよ・・・。」
重美部長もさすがに最後の自分の台詞が場にそぐわなかったと気付いたようだが、今更気の利いた言葉も出てこず、おんおん泣いている桃子の頭をぽんぽん叩いた。
ハットリ君も慌てながら、部室に飾ってあった謎の巨大なラスカルを引っ張ってきて、ラスカルの手を使って桃子の頭を撫でた。
「大丈夫ですって、なんとかなりますよ。」
「そんな、なんとかならならなら・・」
桃子はまたおんおん泣く。
そこへ、ぎしぎしと音を立てながら誰かが階段を上ってきた。
三人は飛び上がってドアの方を見る。
ガラス窓の向こうに、まこちゃんがいた。
「ま。まこちゃ〜ん!」
桃子の顔には今度はどっと笑顔が押し寄せ、彼女はドアへ突進した。
「先輩も、あんな感情の起伏の激しい彼女だと大変ですね。よくやってますよ。」
ハットリ君は重美部長を尊敬したように見上げた。
「何?!カノ??いや、その、カノ、彼女って・・・えっ?!」
だが桃子は男達のやりとりなどそっちのけで、急いで部室の時計を見た。三時三十二分。時計は十七分進んでいるから、ということは、今三時十五分だ。
「ごめんなさい!私、いつも踊っている所に行くんだと思って、あっちにいたんです。誰も来ないから変だと思って、気付きました・・・。」
「よかった〜。心配してたよ〜。ううん。来てくれるって信じてたけど、何か事故とか有ったのかなって。」
桃子はにこにこする。いつも一緒のようこちゃんが来られなくなったから何となく不安も有るだろうに、よく来てくれたものだ。
「でも、電話してくれたらいいのに。一人で歩いちゃ危ないでしょ。」
「あら?桃子さんの携帯、繋がらなかったから、校門のところでメールしたんですよ?でも返事が来ないから、いいや、って。あら?」
まこは自分の携帯を見て、びっくりする。
「圏外になってます。」
え?と、全員自分の携帯を見た。
「おかしいわ・・・。部室はいつも圏内だったはずなのに。・・・そうよ。二時間くらい前までは通じてた。真理子さんの家にもかけたもの。」
全員の携帯が圏外だった。Docomo、au、vodafoneとそれぞれ見事に違う会社の携帯なのに全部繋がらないのもおかしい。その時、電話の呼び出し音が鳴った。
「あ、俺のPHS・・・」
今時PHSを持っているのも珍しくなってきたが、東条部長だけは携帯ではなくPHSだったのだ。
「もしもし・・・ああ、遊行か。」
「わ、遊行さん?」
桃子達は部長の周りを取り囲んだ。

遊行さん、吉乃さん、えりこはようやく部室にやってきた。
「よかった。なんだか障害物競走をしてきた感じだよ。」
遊行さんは苦笑している。
「門は工事中で、裏へ回されて、何故か守衛さんがいないから開けてもらうのに時間がかかって、そっちも木の植え替えなんてやってて足止め食うし、あちこちに変な張り紙も有るし」
そう言って遊行さんはA4版の紙を見せた。
「注意!!フォークダンス部、本日はここになりました。政経学部2号館206号室(四時〜)」
というワープロの字の下に、それらしいけど有り得ない場所を示した地図。政経学部は部室と真反対の結構遠い場所にあった。しかも実は、政経学部2号館は205号室までしか無い。
「しかも、携帯が通じないときた。桃子ちゃんの携帯はえりこちゃんが知ってたけど、他の人のは知らなかったから、公衆電話でうちの同期に電話して、合同例会名簿で東条のピッチ(PHS)を調べてもらったんだ。」
合同例会名簿・・・それは、関東近郊の各大学のフォークダンスサークルが、皆で自分たちの名簿を提出しあって作った一冊の合同名簿で、連絡先だけでなく、趣味や血液型を書く欄が有ったりする、知る人ぞ知る楽しい名簿だ。
そんな話を聞いて、杉並大学フォークダンス部の面々はもう開いた口がふさがらない。あほな妨害といえばあほな妨害だが、効果はてきめんだろう。
「ど、どうしてそんなこと・・・」
まこちゃんがちょっと怖がって泣きそうになった。
「だ、大丈夫よ!学生連合の嫌がらせなんてへっちゃらよ。でも多分真理子さん達もそれで道に迷ってるんだ。」
「まずいな・・・ビラをはがしに行くか?」
東条部長は時計を見た。時計は三時五十九分を指していた。正確には三時四十二分。
「気付いたところのははがしてきたけど・・・おまえたちは部室から出ない方がいいだろう。世羅さん、えりこちゃん、僕たちで行ってこよう。」
遊行さんはそう言って二人を見た。
なんという悪質な妨害・・・。



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written by Nanori Hikitsu 2005
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