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第二話:存続の危機編.11


これは読まなくても差し支えないですが・・・一口メモ

「桜木君か。どうしたの?」
ハーレーにまさにエンジンをかけようとしていた祐天寺は、ミラーに桜木さんの 姿が映っているのを見つけて、ヘルメットを取った。
「悪いけど、女性はバイクに乗せないことに決めてるんだ。事故があった時危険すぎるからね。今度ポルシェで来た時には送ってあげよう。」
彼は何事も無かったかのように機嫌よさそうに笑っていた。しばらく黙っていた桜木さんは、ようやく口を開いた。
「どうしてですか・・・。」
「どうしてって?」
祐天寺会長は首をかしげる。
「さっきは何故かばったんですか。」
彼は笑った。
「僕は、君をかばったんだ。フォークダンス部をかばったんじゃない。それにしても、考え無しに危険な真似をするね。どう収拾をつけるつもりだったの。」
邪魔されたことを怒っているようではない。だが自分が煙幕騒動に関与しているということは認めそうにない。
「こんなこともうやめませんか。フォークダンス部を潰す必要は無いかと。」
「そうそう、件の不祥事が、よもやとは思っていたが、学生連合名誉顧問の宮様のお耳にまで入ってしまってね。・・・フォークダンスのライバルサークル辺りが御注進してしまったんだろうが、こちらとしても迷惑な話だよ。」
祐天寺は桜木さんの言葉を無視し、しばらくくすくす笑いたそうにしながら、黙っていた。桜木さんは表情を固くして言う。
「やはりあのフォークダンス部に対する脅迫も、全て会長の差し金ですね。私のやり方が生ぬるいとお考えなら、何故・・・」
「優子ちゃん。」
ぎょっとして桜木さんは顔を上げる。
「・・・って呼ばれてたんだね。」
祐天寺は優しい目で彼女を見ていた。彼女は目をそらす。
「院に行くなら少し余裕も有るだろうし、君には来年も連合役員でいてほしいと思ってるんだ。あるいは僕の後継者としてね。」
彼は自分の言葉にいかにも満足したかのようだった。だが桜木さんは。
「・・・私、院には行きません。今日これから○○化学の面接に行ってきます。」
「それはやめておきなよ。あそこは名前ばっかり有名だけどやばいよ。製品も最近全然駄目だ。君みたいに優秀な子、内定もらっちゃったらどうする。」
桜木さんはむっとするが、言い返せなかった。
「リクルートスーツは似合わないね。」
「余計なお世話です。」
桜木さんは踵を返し行ってしまった。
「・・・ポルシェで来ればよかったよ。」

星のアイコン

月曜日になった。桃子は午後の講義の前に部室で昼食を食べようと、自殺パンを買いに行った。すると、先客がいたので、何気なく近寄って、後ろに並んだ。
「あら。」
聞き覚えのある声を聞いて、桃子はふと前の人の顔を見た。桜木さんだった。髪はきれいにカールして、腕に実験用の白衣を掛けている。
「桜木さん・・・!」
びっくりして思わず大声を出してしまった。
「角倉桃子さん、でしたっけ。こんにちは。」
名前まで覚えられている!桃子はあいさつしつつ、焦っておろおろした。まさか逃げ出すわけにもいかないし・・・。
「待ってね、すぐ買いますから。」
桜木さんはロールケーキとサンドイッチを買っていた。へえ、と桃子はちょっと親近感を覚える。
「桜木さんも自殺パンなんて買うんですね。いつも食堂かと思ってました。」
「あら。自殺パンって言うの?」
目をぱちくりさせる。なんだかその表情はかわいかった。
「いつもここで買ってるわ。それで、学生棟で一人で食べるの。」
「一人で・・・?」
桃子は遠慮がちに言った。
「じゃあ、よかったら、うちの部室で一緒に食べませんか?あの、汚いところですが・・・。今日は男どももいなくて、私も一人なんです。」
桃子は恐れ多い提案をしたかなあと心配になったが、桜木さんはそうねえと返事をした。
「たまには、誰かと一緒もいいかしらね。」
桃子が牛乳を買い、桜木さんもそれに習って、一緒に部室へ向かった。プレハブの二階で、間仕切りでよそのサークルのブースと隔てられているだけだが、何となく居心地のいい場所だった。
暑いので窓は開け放たれていた。冷房も無い。小さな扇風機が一台棚の上に有ったが、まだあともう少し、無くても平気そうだった。
「あの、先日はご迷惑おかけしました。」
唐突に桃子は頭を下げた。あれは学生連合のせいで、自分達のせいではないと思っていたから誰にも謝る気はなかったのだが、何となく、彼女が桃子達を守ろうとしてくれたのはわかった。それは彼女の立場上あまり好ましくないことだったに違いなかった。そう考えると、彼女にやはり迷惑をかけてしまったのかもしれないと思う。
「いいえ。あなたが謝る必要はありません。誰の仕業か・・・わかりませんが、むしろ、いざこざから、フォークダンス部さんを守りきれず申し訳なく思っています。」
彼女の慎重で真面目な口調に桃子も少し戸惑った。
「そ、そんな、やだなあ。桜木さんも大変みたいだし、その、まあ、もうこれで、いいってことにしましょう。」
桜木さんに比べてどうもへらへらと阿呆っぽいしゃべりかたに聞こえてしまいそうなのがまた恥ずかしかったが、桜木さんはそんな桃子の言葉にありがとうと言って、少し和やかな表情を見せた。それがまたどきりとするほど穏やかで、お美しい表情だった。
「連合の規約にはきちんと従って頂きますけれどね。あと一ヵ月半で期限が来ますよ。」
「は、はい・・・。」
釘をさす事だけは忘れない桜木さんだった。

「あ、その水色のスカート、もしかしてLONLONで・・・あっと。」
桃子は松本さんのストーカーノートのことをうっかり喋りかけてしまって、自分の口を塞いだ。えっ?と桜木さんは自分のスカートを見た。そしてちょっと笑った。
「桃子さんも吉祥寺で買い物するの?」
「あ、あのその、ハイ。洋服なんてバーゲンの時しか買えませんけど。しかも、LONLONや西友でしか・・・。」
「私もよ。プランタン銀座とか行きたいけれどなかなかね。バーゲンは来月ね。」
わ、思ったより庶民派!桜木さんは少し楽しそうに桃子の事を見ていた。
相変わらず彼女はきれいだ。白い肌はよく手入れされているのか透き通るようで、三日月のような眉、マスカラをつけていないのに長くて濃い睫、そして頬にかかった髪の毛はしっとりと落ち着いた黒色をし、白い肌を一層引き立たせるのだった。桃子は自分のファンデーションさえしていない顔、うまくセットできない髪のことが非常に恥ずかしくなった。サークルの男性陣の前では全く恥じたことも無かったのに!
桜木さんはパンを食べながらしばらく黙っていたが、ようやくまた喋りだした。
「サークルは楽しい?」
「はい!とっても。私、踊るの好きなんです。」
「ふうん。フォークダンスって、どんなところがいいのかしら。」
「どんなって、えーっと。すごい難しいステップができるようになると楽しいし、いろんな国の文化とかが込められてるし・・・」
あれこれ説明しようとしたが、桃子にはこの手のことを論理的な面からうまく説明できそうもなかった。しばらく考えてから、言った。
「そうですね。やっぱり、一番は連帯感かな。」
「連帯感?」
「そう。初めて会った人とでも、手を繋いで、一緒に踊るんですよ。そこに、びっくりするくらい、幸せな場が生まれるんです。言葉が通じない外国人同士でも、踊りで交流できるんです。ほら、一昨日来ていた他大学の友達も、一緒に踊ったからこんなに好きになれた気がします。ほんというと、えりこちゃんのこと、それ程詳しく知りません。普段どんな勉強してるとか、お父さんはどんな人とか、考えてみたら全然知らないんです。でも、一緒に輪になって手を繋いだら、ぱっと心が繋がって、そこに、何かが降りてくるんですよ。」
「降りてくる?」
「ええ。オープンサークルの先頭に、サークルの真ん中に、上手くいえないけど、何かが降りてくるんです。」
桃子は一生懸命自分の見たものを説明しようとした。
「触れているのは手だけなのに、体全体が連動できるんです。」
「それが、連帯感ね。」
桜木さんは少しずつ考えながらうなずいた。
「踊りには魔力が有る、って言う人もいるけれど、私は、これを、フォークダンスの神様、って思ってます。」
桃子は自分で言ってちょっと照れた。
「フォークダンスの神様・・・。」
桜木さんは驚いたように繰り返し、にっこり笑った。
「時々、自分のすぐ横に来てますよ。そんな時、毎日どんなにいろんな事に悩んで、憎んだり恨んだりしあっていても、少なくともその時だけは、心から喜んで、心から皆と一緒にいることが嬉しくて、皆が大好きで、幸せなんです。」
桃子もにこにこと笑った。

桜木さんは部室の時計を見た。
「あの時計合ってる?」
「いいえ、あれ、十七分進んでます。」
それを聞いて桜木さんは吹き出しそうになった。そこまで正確にわかっているなら直せばいいのに。
「でも、ぴったりにあわせてると皆授業に遅刻するし、ちょうど十分進めとくと、どうせあと十分あるから、ってやっぱり皆遅れるんです。それで、なんとなく」
桃子は笑う。確かに皆お馬鹿だなあと思って。
「次は私、桜木先生の万葉集の授業なんです。」
桃子は言ってみた。桜木さんは表情を変えなかったが、少し目を大きくあけた。
「万葉集・・・私は理系だから、よくわからないけど。」
桃子の教科書を桜木さんはめくってみた。
しおりがしてあるページが開いた。
大伴坂上郎女の歌だった。

我が背子に恋ふれば苦し暇あらば拾ひて行かむ恋忘れ貝(万葉集6巻964)
思わず桜木さんはページを閉じかける。が、そんな自分が可笑しくなったのか、首を横に振って笑った。
「大叔父の授業を取ってるのね。」
「桜木さんは教授に教えてもらえていいですね。」
「いいえ・・・私は、この歌、別の人に習ったの。知り合いで、万葉集勉強してた人。」
そうですか、と桃子はできるだけさりげなく言った。
「でも、ずっと前だから・・・忘れちゃった。」
「えっと、大体の意味は、彼に恋してとても苦しい、もし時間があったら、恋を忘れさせるという、片側の無くなった二枚貝を拾って行こう、という意味、です。・・・かな?」
そう、恋忘れ貝、と桜木さんは呟いた。
忘れ貝、そんな貝が有るのかしらね。
そう言って、桜木さんはお礼を言うと、またご飯食べましょうと言って、部室を出て行った。



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アイコンSimple Lifeより
written by Nanori Hikitshu 2004
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