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第二話:存続の危機編.6


新緑の木立に囲まれた武道場から、青春の汗をきらめかせ手ぬぐい片手にやってくる若者がいた・・・。
「ちょっとすいませーん。」
その後を追って次々わらわらと白装束の人々が出てきた。数えてみると四人。最後に出てきたのは、女の子のようだった。
「げ。さわやか庄田?!」
桃子が思わずつぶやくのと同時に、部長も叫んだ。
「恩田、本田、しょんだ・・・庄田!そして・・・」
かみそうになりながら律儀に一人一人の名前を呼ぶもとうとうかんでしまい、部長の最後の言葉が一瞬遅れた。
「鳥越さんも?!」

きよらかな白い胴着に袴は無く、日本男児達がスニーカーで駆けてくる。唐突な白装束集団の出現に、さすがに踊りをやめて部長も桃子も依田さんも立ちつくしてしまった。
「なんだ、やっぱり東条か。」
「なんだ、って、おまえ達一体・・・柔道でも始めたのか?」
東条重美部長はあっけにとられたように四人を見ていた。ついこの間テニス同好会に入ったと言って真新しいテニスラケットを持っていたサンダーバードが、一体どうしたのだ。
「いやあー、違うんだよ。今度合気道をやってみようかと真理子ちゃんが言い出して。」
さわやか庄田が言うと、最後にここへたどり着いた鳥越真理子が、東条を見てちょっと怒ったようにそっぽを向いた。髪をポニーテールにして、あいかわらずとってもかわいい真理子さんである。
「それより、ちょっと音楽どうにかならないですかね。あの音で精神集中できないって、先輩達に言われて。」
「それよりって・・・。おまえら・・・。」
もうすっかり合気道部のメンバーとして居座っているらしい。
「合気道部って言っても今度は小さい同好会で、メンバーは六人しかいないんだ。」
こころなしか「しか」を強調して恩田がくすりと笑った。嫌みな奴だと桃子は不機嫌になる。そりゃあ、こっちは三人「しか」いないが、この恩田本田庄田鳥越の四人が急に入らなかったら、合気道だって部員二人しかいない同好会だったんじゃないか。
だが、負けは負け。合気道同好会はこのまま数ヶ月頑張ればサークルに昇格でき、フォークダンス部はこのまま数ヶ月負け続ければ同好会に降格。下克上である。
「ちょうどよかったなあ。あの思い出の部室スペースはそのままうちが引き継げるじゃないか。」
やけに胴着が似合う本田も感じが悪い。でもその頃には三年生の彼等も引退じゃあないか・・・。桃子は黙ってふくれていた。
「それより、それより。」
突如依田さんが周囲を見回しながら割って入った。
「どうしたの、依田さん。」
「さっきのやーさん達はどこいったのかな。」
あ、そういえばと桃子も辺りを見回すと、この乱入者達のせいでもう散ってしまい、誰もいなくなっていた。だが部長がええっと言い出した。
「何だい。何かあったの?」
「部長・・・気付いてなかったんですか。さっき目配せもしたじゃないですか・・・。」
唖然とする桃子。
「いや?楽しいなあと思って踊ってただけで。」
今すぐここに穴を掘って、ぼんやりとしたこの東条重美部長を押し込み、サンダーバードたちの嘲笑から隠したい!桃子は脱力してしまった。

「何かあったの?」
初めて真理子さんが口をきいた。今仲違いしていても、ちょっと前まで一緒に活動していた仲間である。少しは気になるのだろうか。
「いや、その、何だか・・・。」
だがこのぼんやり部長に何が言えるわけでもなく、桃子があとを引き継いだ。
「黒スーツにグラサンの変な人達が集団で取り囲んできたんです。」
あら、と真理子さんは初めて桃子に気付いたように目を見張った。
「なんなのかしらね。恐いわね。」
本当に心配したように真理子さんは言った。
「おおかた、リストラクチュア推進派の会長のいやがらせじゃない?」
恩田はせせら笑うように言った。
「会長?」
重美部長が息をのんだ。
「祐天寺会長か。」
頭脳明晰成績優秀眉目秀麗スポーツ万能家柄良し金持ち何拍子も揃ったと評判の、いやそれよりもその性格の悪さで評判の、学生連合会長である。彼はなんと二年生の時に選挙で見事会長の座を勝ち取り、そして引き続き去年も今年もこの学生連合を牛耳ってきた男である。学生の充実したキャンパスライフを守るとの名目で陰で怪しいことをして資金を集め、また優秀な部下を集め、取り巻きに子分、ファンクラブまで作ってしまった会長・・・そのファンクラブ機関誌はバックナンバーまで増刷し売り上げはまた祐天寺の懐に・・・。学生生協の片隅には学校見学に来た高校生の為のおみやげグッズと称してプ、プロマイドまで恥ずかしげもなく置いてしまっているのだ!ごく一部の婦女子には大評判だが、良識のある一般学生にはゆゆしき風潮にため息ものである。
「あの会長ちょっと変なんだよな。学生大会の時もこっそり会長の写真撮って会場係に退場させられた女子がいたな。」
学生大会は荷物チェックまではしないがカメラ、ビデオ、録音機類一切持ち込み禁止、更にかけ声(野次アジ含む)厳禁という、宝塚劇場並のお行儀のよさが求められる。お上品な大学なのである。もちろん会長ファンクラブのルールも暗黙の内に決まっていて、会長が出てくるまで静かに待ちかまえ、列を作って一人ずつ順番に、速やかにファンレターを渡す、後ろの人が見えるように前列の人は座る、サインやツーショット写真のお願いは禁止、お弁当係は順番に割り振り、などと決まりがあるらしい。
「東条君。そんなことより、女の子もいるんだから。部長ならちゃんと部員を守りなさいよ?」
真理子さんは桃子の肩にためらいがちに手を置き、それからくるりと踵を返して武道場へ帰っていった。後を追う三人組。だがさわやか庄田が、最後に振り返って「怪しい音楽やめてくださいね」と念を押した。

ふと、桃子はポニーの丘の木陰に立っている人物に気が付く。その人影は桃子が見ているのに気付くと、さっと振り返って立ち去った。長い髪・・・その並はずれて細い後ろ姿は、学生連合サークル部門担当の桜木さんのように見えた・・・。

星のアイコン


「桃子ちゃんどうしたんだ。そんなにそれのショックが大きかったか。」
重美部長は、ぼんやりと焼きそばパンを持って、口も付けずに黙っている桃子を心配して見ている。桃子は常々公言していたように、焼きそばパンなど嫌いだが、あまりにもぼんやりしていたので、自販機のボタンを押し間違えてしまったのだ。クリームパンの番号を押そうとしたはずなのに、気付いた時には後の祭り。ギャーと叫ぶ桃子の目の前で、ういーんという機械音と共に棚がスライドし、一番上の段から焼きそばパンが潔く落下してきたのであった。
「仕方ないねえ。」
依田さんは自分のカツサンドを桃子の方に押しやる。
「そんなにがっかりしてるんなら、これと替えてあげるよ。差額の八十円は今度コーヒーでもおごってくれたらいいから。」
「コーヒーのが高いじゃないですか。ってか、そんなパンの話どうだっていいです!」
桃子は呑気なお二人にご立腹しながら、依田さんのカツサンドをほとんど無意識に奪い取り、かじりついた。
やれやれと依田さんは笑いながら、コピーした英語の論文のようなものを脇へ置き、焼きそばパンを食べ出した。
「いつもより機嫌が悪いですね。」
部長が依田さんの方に寄ってひそひそと話し始めた。
「ほら、女の子っていろいろあるから」
「いろいろというのは?」
桃子はため息をつく。
先週の土曜日に変な男達にからまれそうになった。その時にその様子を見ていた人物がいた。それがあの学生連合の桜木さんに見えた。恐そうな人だとは思っていたが、そんな強引な方法であからさまに嫌がらせをしてくるような人だとは思わなかった。いや、あれが桜木さんだったのかどうかよくわからないのだけれど・・・。何だか裏切られたような、とても嫌な気がした。
今日は水曜日だったので、いつもの学生課から借りている場所でサークル活動の日だ。三人は例会の準備の為に昼休みに部室に集まっていた。もっとも、皆用が無くてもよくここに来ていたのだが、桃子は他の友達と一緒のことも多いので、昼に必ず三人集まるのは水曜と土曜だけだった。
「だけど、あの黒装束はやなかんじだったね。」
依田さんはそう言いつつそう大して気にしていないようにも見えた。まあ、普段から危機感とか深刻さなんて表に出す人ではないのだ。
「人目も有る場所だったし、そう恐いことするつもりじゃなかったのかもしれないけど。」
「そうだ。パンの話で盛り上がってる場合じゃない。桃子ちゃんは一人で歩かないようにしてるか?」
「ええ、まあ。」
というか、もともとパンの話などしていないのだが・・・。
あの後話し合ったのだが、桃子が狙われると心配なので、あの日も部長が駅まで送ってくれたし、これから桃子を大学構内でもできるだけ一人で歩かせないようにしようということで話が決まったのだ。
桃子はあの時ポニーの丘で見かけた人影のことを何となく誰にも言っていなかった。もちろん、皆あれが学生連合のちょっとした嫌がらせということで見解が一致しているし、あの人影が桜木さんだったとは確信できないし、敢えて言う必要も無いのかもしれなかった。
「ね、ね、依田さんて桜木さんと同じ学科って言ってましたよね。」
桃子はふと思い出して聞いてみた。
「ああ、そうだよ。ま、人数も少ないし、顔を合わせることはあるね。」
「どんな人なんですか?」
「さあ、そこまでは。個人的にお近づきにはなってないからなあ。学年違うし。」
依田さんは首をひねるようにした。
「そうそう、春の交流リクレーション大会ってあるだろう?自由参加だから桃子ちゃんなんか行ったことないかな。彼女一年の時パン食い競争で一位になった。」
「ななな、なんですって!」
桃子はカツサンドを吹き出しそうになって、その驚きように重美部長が驚いて、部長は食べ物が変なところに入ったか、むせて咳き込み始めた。
「あの桜木さんが・・・あんぱんに食らいついて・・・」
しばらく呆然としていた桃子だが、あの上品なお方がパン食い競争に全力で打ち込んでいる姿を想像すると頬の筋肉が痙攣した。
「いや、僕達もレクレーション大会には興味無かったけど、評判の彼女が参加するからお近づきになれるかもと同級生に誘われて、二年の時参加したわけね。」
「ほんとにあんぱんに食らいついて・・・」
桃子は尚もひくひくと声を震わせてしまった。滅茶苦茶に可笑しいような、信じられないような・・・。
「まあ、彼女も普通の女の子だよ。今はわからないけどね。学生連合にスカウトされる頃にはもう雰囲気変わってたかもな。今思うと。」
依田さんはそんなことを教えてくれた。



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アイコンSimple Lifeより
written by Nanori Hikitshu 2004
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