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フォークダンスの神が降臨する

存続の危機編.1

「暇ですね」
「・・・ああ。」
活気の無い部室は古いバラックの二階の端に有って、隣のサークルの部室とはつい立てて仕切られているだけだ。この杉並大学フォークダンス部も申し訳程度に部室を確保しているが、以前はこのついたてももっとあっちのほうに有ったと思ったのに、気が付くとじわじわと部室の面積が狭まっている。隣のジャズダンスサークルのブースは全員体育館にでも行っているのか、誰もいないのでしんとしているものの、新入部員がたくさん入ったとみえて、いろんな荷物が所狭しと積んである。どう考えても隣が勢力に任せて自分のところの面積を拡張しているのだが、気が付くとその人数差に釣り合うようなブースの面積比になっているのだし、それに対して文句を言う程の気力がこちらの部長にあったなら、今頃ろくに活動もせずこんなのらくらしているわけがないのだ。そう、これは部長のやる気の無さがいけないのだと、二年女子、角倉桃子は思った。

今のところ姿を現す部員は、三年の部長兼指導部長兼渉外部長の東条重美と、二年で副部長兼指導副部長兼渉外副部長兼衣装制作班の角倉桃子、以上、二人。もちろん、部室がもらえて一応同好会ではなくサークルとして認めてもらっているのだから、部員は他にもたくさんいる。・・・ことになっている。要するに幽霊部員が全構成員の七十五パーセントを占めているなんともルール違反のサークルなのだ。それもこれも、十八人いた去年の四年生がとてもまずい事態を引き起こしながら後始末できないまま一斉に卒業してしまったせいだ。
かつてはこのフォークダンス部はとても熱心に活動する勢いのあるサークルだった。十八人もいた代のその次の学年が一気にゼロ名、という非常事態を乗り越えたかのように今の部長の代の学年で五名入り、その次の年に角倉桃子達三人が入部してきたのだが、そこで事件は起こった。
前年度、部員総数の少なさをカバーするため、引退したはずの当時の四年生も現役部員として大勢一緒に活動していた。ところが、その四年生の或る軟派男が、当時二年の女子部員と付き合っていたにも関わらず、桃子と同期の当時一女と二股かけたという事件が起こり、怒り狂ったその二年の彼女さんと同期達が、立場上一年生と四年生を庇う東条重美部長を見捨てて一斉にサークルをボイコット(部長がまだ退部届の受け取りを拒否しているので今のところ退部が認められていない状態)、更に桃子と同期の例の彼女はその事件でサークルにいられなくなり、もう一人の同期の男はサークルが機能しなくなっている時に始めたバイトにはまってほとんど現れなくなった。
そんなことがつい一ヶ月前に起こった、或る晴れた四月の昼間だった。

「新勧も全然だめだったし。」
「あたりまえですよ、二人じゃあビラ配るのが精一杯だし。四年生・・・もう五年か。先輩達は社会人だから忙しくてもう来て頂けないでしょ。」
「まったく・・・。」
ほとんどの先輩の存在はありがたいが、中には困った先輩もいたもんだ。二人はためいきをつく。
「桃子ちゃんの同期はどうしたんだ。」
重美(男)先輩はいかにもセンスのないよれよれのTシャツの喉の辺りを引っ張って、手で扇いで風を入れている。伸びるのになあと桃子は思いながら、伸びをして言う。
「黒山君はバイトですよ。きっと。来いって言ってるんですけどね。」
「かずちゃんはどうしてる。」
「携帯変えたみたいで。」
かずちゃんとは例の事件の子である。彼女に非があったのかどうかは桃子にもわからないが、その修羅場に居合わせた先輩の話によると、浮気デート現場を押さえられた軟派男があわてふためいている時も、かずちゃんは毅然として彼女さんに反発したそうだ。山本さんは悪くありません!山本さんを理解してあげない真理子さんがいけないんです!・・・なんてことを言ったとか。
重美先輩は頭をかいているばかり。俺らの同期が早く戻ってきてくれないと困るなあとぶつぶつ言いながら。

「とにかく。」
桃子は立ち上がる。ずっと座っていたから何だか腰が痛くなってきてしまった。
「新入部員を獲得することですよ。皆もほとぼりが冷めたら帰ってきてくれるでしょうけど、学生連合に見つからないうちに。」
学生連合とは、学生自治を行う執行組織のことだ。この大学では結構大きな力を持っていて、大学側に対する発言権も影響力も有る。サークルに関しても連合が取り仕切っているし、学生達の学問環境、自由と健康的な生活のために、日々学生食堂のメニューにまで目を光らせているすばらしい人々の集まりである。
「新入部員をどうやって獲得するかだなあ。だいたい、今時フォークダンスなんてマニアックなこと、したがるやつも珍しいからなあ。」
「フォークダンス、っていうネーミングがいけないんじゃないですか。」
フォークダンス。人は皆恐るべきメディアイマジネーションの洗脳を受けて、何パターンかのものを想像する。まずは、キャンプファイヤー囲んでマイムマイム。もしくは、学園祭の後夜祭でオクラホマミキサー、しかもお目当ての相手に到達する直前で曲が終わり、ちょっと切ない青春の思い出。
(今時お目当ての相手に到達する直前に云々を実際体験したことのある人がいるのだろうか。)
確かにそのイメージだと誰もそんなサークルに入りたいとは思わないだろう。だが、見当違いも甚だしい。実際彼等がやっていることはそういったものとは全く違う。
本来、フォークダンスを直訳すれば「民族舞踊」なのである。桃子達の踊っているものは、東ヨーロッパを中心とした世界の民族舞踊である。彼等は例えばブルガリアとかルーマニア、ハンガリーなどかなり高度なものを含めて数百曲のレパートリーを持ち、数年に一回実際に東欧に行って現地の民族舞踊団に踊りを習ったり、時々来日する外国人講師の講習会を受けに行ったりと熱心に一つのダンスのジャンルとして打ち込んできたのだ。運動会でやっているようなレクリエーションダンスもあれはあれで存在意義が有るだろうけれど、いっしょくたにされては困る。ブルガリア人舞踊団のステップの美しさはそれはもううっとり。本来非常なる鍛錬の必要な種類のダンスであるにもかかわらず、日本でフォークダンスに対する世間の評価は、「いい大人がオクラホマミキサーとか毎日やって楽しいの?」である。

ただでさえそんな風潮の中衰退ムードのフォークダンス界、業界用語で言うところの「民舞界」で、色恋沙汰でサークルを破滅させるとは何事か。何十年の伝統をもつサークルの先輩方に申し訳が立たないではないか。ここらで本気になって改革を推し進めないと我がサークル、ひいては民舞に将来は無い。桃子は熱い口調で訴えた。
「部長、サークル名の変更を提案致します。フォークダンス部、をやめて、民族舞踊研究会という名称に。」
「お。臨時総会か。」
重美さんは戸惑ったように笑う。
「残念ながらうちの部の規約で、部員の3/4の出席と過半数の承認がなければ議題は通らないよ。」
「わ、私と部長で全員ってことに。」
「それじゃ、学生連合の規則でサークルが成り立たなくなるが、いいか。」
むむ、と桃子は出だしからの挫折にくらくらする。
「そんな。それじゃあ私たち何にもできないじゃないですか!」
「そう、どうしようもないのだ。普段通り活動して、通例通りの新人獲得努力をして、それで時期が来たら学生連合への活動報告をせねばならず、そして規則通り潰れるしかないのだ。」
「そんな後ろ向きな・・・。」
桃子はそう言いつつ、部長のやる気の無さを納得せざるをえない。
「すでに隣にチクられていないとも限らない。」
桃子は隣のブースの方を見る。もちろん、大盛況のジャズダンスサークルはこのスペースにさえ満足していないだろう。こっちがバラックを撤退して、このフロア全部を征服することを期待しているに違いない。

と、そこへ!実にタイミング良くバラックの戸がノックされた。ガラスの向こうに登場した人物を見て、部長も慌てて立ち上がる。
ガラスの向こうにはとても美しい、長い髪の女性が立っていた。そしてにっこりと笑顔を二人に向けて、会釈する。桃子も思わず立ち上がってぺこりと頭を下げた。
「こんにちは!フォークダンス部さんですね。」
とても上品な口調の女性は、笑みを浮かべたまま、お供の男性を連れて、すらりとした姿を部室の中に現した。胸にリボンを垂らした白いブラウスに、マーメイドラインが美しい花柄のスカート、いかにも育ちの良い深窓のお嬢様スタイルである。いつも日傘をさしていそうな程白い肌、長いまつげに憂いを秘めたような大きな瞳、髪は染めないままに自然に背中まで流れ、ほのかに薔薇の花の香りを漂わせる美女だった。
「はい!そうです。」
部長が返事をしないので桃子が緊張しながら返事をした。見ると部長は思わずぼんやりと美女に見とれている。まったく男は・・・。
美女はこういうことに慣れているのか、にっこりと笑い、そして言った。
「失礼します、学生連合の者です。」
その言葉に部長の顔が変わった。
急に青ざめたその顔色を見ていると、桃子も不安になった。監査か!それとも警告か!警告を受けたらその時点から期限が設定され、それまでに連合の要求を果たさねば後が無いのである。
女性は余裕の表情を浮かべたままだ。この女性が学生連合の人だとわかると、不思議なことに初めの清楚な美女という印象から一変して、得体の知れない恐ろしさがじわじわと湧きだしてくる!
驚愕しながら桃子が椅子を勧めると、彼女は軽くそれを断った。
「すぐに失礼しますわ。私は学生連合のサークル関連を担当しています、桜木と申します。こちらが森本。」
桜木さんはちらとだけ振り返って、ファイルを持って何故か学生服を着た、子分のような、真面目なだけがとりえそうな顔つきの男を一言で紹介した後、もうその男には目もくれず、桃子の方に上品な笑顔を向け続けた。
「あなたが部長さんかしら。」
「いいえ!部長はあちらの男性です!」
桃子は慌てて部長にふる。部長はぎょっとして何とか自分ではないと言おうとしたらしいが、桜木さんの有無を言わせぬ視線に圧倒されてしまっていた。いやあ、もちろん自分は重美さんよりもっと弱いが、これは重美さんにかなう相手ではないなと桃子は汗をかく。

緊張の空気の中、四人は表面上なごやかに向き合っていた。ついもじもじとしながら桃子は部長を盾にしつつ引きつった笑顔を作る。
「本日はお話がありますの。ちょっと不穏な噂を耳にしまして。今お時間はよろしいですか。」
そらきた!ここで活動可能な部員が二名しかいなくなったのがばれたら、三ヶ月のうちに五名まで部員を増やさなければ同好会へ降格、部室も取り上げられてしまうのだ。だがそうしたら、ここにある大量の民族衣装や、音楽のテープや大きな再生デッキ、外国土産の大きなメキシカンハット、踊りの小道具、先輩達の置いていった教科書、のみならず数々の意味不明なオブジェをこの二人の手で引き受けねばならなくなる!その前に私はやめるぞ!桃子は大きなロッカーの中の大量の黴びたダンスシューズや文房具を思い浮かべ、また誰が持ってきたのかわからないどでかいラスカルのぬいぐるみを見て泣きそうになった。
「ふ、不穏な噂って、どこから何が・・・。」
「ふふ、噂というのはどこからともなく流れてくるものでしょう・・・」
桜木さんはくすくすと笑う。その明るい声に二人は憂鬱になる。
「最近部員の方がほとんどいない様子だと聞きましたの。今日はお二人だけ?」
部長が青くなって固まっているので、桃子は焦って口を開いた。
「今日は活動日ではないので!他の人は皆新勧の為の資金集めにバイトしてます!」
桜木さんはあいかわらず表情を崩さないままだ。どうやったら額にしわを寄せないで、目と眉の間を広げてにっこり笑えるんだろうと桃子は全然関係ないことをふと思った。
「そうですか。新入生を入れないといけませんものね。頑張ってくださいな。」
彼女はそう言いながら、手を横に出す。顔は桃子達の方を向いたまま、心得たようにさっと動いた鞄持ちの森本からファイルを受け取る。
「部員は・・・四年生が卒業して、十八名も減ったのですね。四年生はカウントしないのが普通ですが、こちらは実際にきちんと活動に参加なさってたから、もちろん問題はありませんでした。それで、現在何名ほどになってるんでしょう?」
「まだ、一年生が確定してないので!」
一年生を抜かして何人だと追究されるのを恐れて二人は戦々恐々だったが、そこは百戦錬磨のよく心得た学生連合、一気にとどめをさすことはしない。だが釘を刺すことも忘れなかった。
「是非頑張って部員を入れてくださいね。私たちも部を潰すことはとても心苦しいんです。でも、規則は規則ですから。実際に活動している部員が何人か、が問題なのですからね。部室を欲しがっている同好会はたくさんいらっしゃるのですから。」
「は、はい・・・。」
ふと桜木さんはファイルをのぞき込んだまま、ブースの端のついたての方に近付いて行った。今度は何だ!とあわてふためく二人をよそに、彼女は首をかしげて、今度は隣のブースをのぞき込んだ。
「あら。おかしいわ。連合で承認された記録が無いのに、フォークダンスさんのブース面積が変更されてますね。」
「ああ、それはジャズが勝手についたてをじわじわと・・・」
部長がそう言いかけるので桃子は焦って遮った。
「いえ!新勧の時期だし、最近あちらの人数が多くて大変そうなので、ちょっとだけ、一時的に、こちらについたてを移動してあげただけなんです!」
あら、そうですかと桜木さんは書類を繰っている。それからちまちまメモを書き込んでいるようだった。
そしてファイルから顔を上げるともとの笑顔に戻っていた。
「わかりました。学生連合の精神に基づいて、助け合いは大事ですものね。よろしいわ。公式の許可ではありませんが、一時的に目をつぶりましょう。正式に面積を変える時は協議が必要ですからね。」
桜木さんは桃子に笑いかけながら、ファイルを閉じてそれを横へ差し出した。鞄持ちはさっと手を伸ばし、うやうやしくそれを受け取ると、大事そうに抱えた。
「今日はこれで失礼します。また何か困ってらっしゃらないか様子を見に参りますね。」
「いえ、お気遣い無く・・・。」
必死の作り笑顔で桃子と部長は桜木さん達を見送った。彼女はお供を連れて、最後まで優雅な笑顔を崩すことなく去っていった。

「おい、桃子ちゃん、何でジャズダンスが横暴してくるのを訴えないんだよ。」
重美部長は汗を拭くしぐさをしながら今更我に返ったように言う。
「何言ってんですか!うちらの人数が少なくなってるのに気付いてチクるのなんて、同じ屋根の下にいるあの人達しかいないじゃないですか!」
「だったらなおさら・・・」
「もう。もっと考えてくださいよ!ここで更に恨みを買ったら何されるかわかりませんよ!それより恩を売っておいた方がいいでしょ!」
そりゃそうか、と重美さんは気をくじかれたような顔をした。
「だが、時間の問題だな・・・。」
はあ、と桃子もため息をつく。
ま、とりあえず警告が出されなくてよかったですねえ、と言いながら、彼女はどっと椅子に腰を下ろした。



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written by Nanori Hikitsu 2004
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