フォークダンスの神が降臨する・ラウンドの女王編p46


12月24日もまた朝から曇っていた。そして今年一番の大寒波のせいでとても寒い。えりこはお古のダウンコートを着、花音にもらったマフラーにもこもこくるまっていたがそれでも寒い。木枯らしが容赦なく吹きつけ袖口から足下からえりこの体を冷やした。寒いのはいくらでも着ればしのげるけど暑いのは脱いでも限界が有るから暑い方がましという人もいるが、あれ嘘だよなとえりこは思う。タイツの上に靴下を2枚はいて、長袖ヒートテック2枚重ね、セーター2枚着てダウンコート着てマフラーと帽子してカイロ背中に2つ貼ったところで寒いもんは寒い。ここはロシアか! これ以上着るのは物理的に無理だ。今日は総会だから、寒いけど後でスーツに着替えなきゃいけない。小講堂は暖房がついてるかなあ……。
 高校の時は生徒が学校に様々な飾り付けをして、この時期になるとクリスマス一色になったけれど、大学ともなるとそもそも冬休みで学生がいないのでクリスマスリース一つ無く、ちょっと殺風景で寒々しい。えりこはトイレでスーツに着替え、山のような衣類を学生用ロッカーに押し込んだ。寒! えりこは走って小講堂に駆け込んだ。ありがたいことに中はとても暖かい。
 現役生は大分揃っていた。2年生が一番前の席、3年生がその後ろ、1年生が3列目。花音もいた。紺のウールのワンピースに、カチューシャをして俯いている。他の1女はキョロキョロしながらも私語を慎んで少し緊張したような顔をしている。3年生は厳粛な顔。後ろの方には何十人ものOGが、現役生と対照的にニコニコお喋りしている。こ、怖いな……。
「えりこは私の隣よ」
 植津が口の横に手を当ててひそひそ声でえりこを呼ぶ。希望職と名前順で植津、えりこ、深田くるみの順だ。えりこが席に着くと、ようやく時間になって部長の葵さんが薄紫の高そうなスーツで皆の前に立った。
「皆さま本日はお忙しい中お集まり下さりありがとうございます。司会は私、部長の黄葵が務めさせて頂きます。本日の総会は大野女子大フォークダンス部次期役職選挙を行います。例年信任投票でしたが、今年は指導部の3名が立候補して投票になります。指導部長立候補2名、指導副部長立候補1名です。では候補者1名ずつ、演説と皆さまからの質疑応答、その後1年生から3年生までの現役生による投票という形で進めさせて頂きます。よろしくお願い致します。では部長候補者の方、どうぞ」
 葵さんは言い終えるといつもの笑顔になって、席についた。
 めぐが血の気の無い顔で立ち上がり、壇上に立った。サークルへの思い、好きな点、どういうサークルにしたいか、どういうことを大事に思っているか、そしてサークルの伝統を讃え、先輩たちへの感謝を述べる。原稿は見てもいいことになっているがめぐは頑張って丸暗記したようだ。皆に優しくて、人の事をよく見ていて、素直なめぐは皆に慕われていた。彼女はきっといい部長になる。話し終えると拍手が起こって、3年生やOGから質問が有る。こういう時はあなたならどうしますか? パートナー校の福徳大とはどのように協力してやっていきますか? 新入生には部長としてどのように接しますか? なかなかアドリブですらすら答えにくい質問が飛んだがめぐは誠実に一つ一つに答えた。その答えに対して、こうしたらどうでしょうというようなOGのアドバイスも有る。言う側ですら余計なお世話のような気がしないでもない人もいる様子だが、多分わざわざOGまで呼ぶのは総会がそういうことを引き出せる唯一の場だからなのだと思う。卒業したらOGは基本的にサークルに顔を出さない。たまにイベントに顔を出してくれる人もいるが、それは本当にまれなことで、昔の話や知恵を得る場が全くと言っていい位無いのだ。とても寂しいことだけれど。だからここがOGの同窓会みたいにもなっているし、逆に現役生が先輩の顔を見られる数少ない場でもある。例えばえりこが新入生の時に勧誘してくれた濃子さんみたいな方のお顔が見たければこのような試練を甘んじて受けねばならない。濃子さん、私が壇上に立つ方に回ってしまいましたよ。とほほ、とえりこは彼女の顔を探す。
 ○×をつける無記名の投票用紙が回収され、葵さんが○、×を読み上げ、副部長の春香さんが黒板に正の字を書く。全員一致の○でめぐは信任された。拍手。よかった!
 この調子で次々進み、残るは指導部だ。指導部長に立候補しているのは植津とえりこで、手続き上植津とえりこだけ順番に演説し、質疑を受ける。投票と指導副部長の演説はその後になる。落ちた方の付くべき役職がまだ決められないので、とりあえず指導部長を決めて、副を決めることになったらしい。こういうややこしいことになるから例年先に自分たちで話しあって決めてしまう事にしていたのである。
 植津はいつもの勢いでハキハキ話し、伝統の指導部を讃え、そのまま後世に伝えていくつもりと述べる。えりこはひたすら新しい風を入れたい! と言った。外と関わらない組織は停滞してしまいます。技術を磨くためにも外と関わる事は必要だし、民族は常に新しい血を入れることで沈滞を防ぐべきだと思います。古来人はそうやって生きて来たのではないでしょうか。
「では四宮さんは伝統を重んじている我がサークルが劣化して腐りかかっていると仰るのですか」
 OG大御所K夫人が眼鏡の奥から鋭い眼光をこちらへ向ける。OG席がざわついた。
「いいえ。腐ってなんかいません。でも弊害は出ています。伝承されたはずの古い資料は実態と合わないからとりあえず無視、かと言って勝手にやり易いようにやっても駄目、他大の真似も駄目、個人の思い違いはしょうがない、指導部のその場限りの判断がその後の踊りの運命を決めるというスタンスで踊りを下に伝えていたら間違った上に窮屈です。便宜上踊りが変わるのは仕方の無いことだと思います。大野女子大フォークダンス部の方針として何を残すか、何を守りたいのか、話し合うのが指導部の役目として、その中でも他大学や他団体との関わりで得たものを取り入れることが認められないのはおかしいと思います。だって今、ボカゾー(ハンガリーのステップの一つ)もソバルカ(ブルガリアのステップの一つ)もうちだけ他大と違う事してるんですよ。過去にどこかで間違って伝わっちゃったかもしれないんです。なのにうちではこうだからうちの方針で行く、ってこのまま続けなくてもいいんじゃないでしょうか。大学の中だけで踊るのならそれでも仕方がないのかもしれないですが……うちはまあ大学の中だけで踊ってる事も多いですが……」
 そうなの? よそとうちの踊りはそんなに違うの? とOG席でひそひそ話す声がする。
 他大学の踊りはわからないけれど、昔と比べて大野の技術的な質が落ちているのは確かです、というOGの声がした。2年生3年生は身を竦める。現指導部の3年生もそう言われては立つ瀬がないだろう。気楽に参加していた1年生も怖くなったようで顔をこわばらせる。嫌な空気になってしまった……。

「なるほど四宮さんの仰る事もわかります。何もしなければ技術は落ちる可能性がある一方で、向上するのは難しいでしょう。でも」
K夫人はさっきからずっと立ったままだ。
「先程植津さんが仰ったように、現代の知恵、文明の利器を使って伝統を正確に下に伝える努力をするということではいけないのですか? 今は昔と違って映像も残せるし、そうすれば技術の低下も或る程度防げるのでは」
「はい、もちろん。ただそれも限界が有りますよね……そんなに時間も無いから200曲あるうちの曲を毎回全部全員でビデオで確認することなんてできないし、1回見ても思い違いや失念は起こるし、見た通り踊れる訳じゃないし、大体一方向からの撮影では前後左右360度全体を正確に映せる訳じゃないから、結局民舞は文書その他の資料じゃなく口伝になると思います。技術を継続させるのも結局時間をかけた練習です。うちのやり方をできるだけ残していくことには私も反対していません。でもブルガリアで実際にやっているステップを機会が有れば取り入れたりするのは伝統に反する、という考え方には反対です」
「わかりました。でも現実問題、あなたもそんなに時間が無いと仰いましたね、今やっている以上のことをする時間は無いんじゃないですか?」
「はい……」
 えりこは素直に頷く。
「その上で、あなたが指導部長になったら、何ができますか? 四宮さん」
 黙った。言葉が出ない。皆手に汗握り耳をそばだて、普段無口なえりこがぺらぺらしゃべるのを一言一言受け止めてくれたのだが。しばらくの沈黙の後、えりこは。
「小さなことだけでも、着実に、今までの先輩たちのご指導を参考にしつつ、皆が楽しんで踊れるように」
 楽しんで? という声がOG席から上がる。
「はい。楽しんで。私はそれが一番だと思ってます。フォークダンスにおいて」
 ざわつく空気の中には少し呆れたように笑う人もいる事をえりこは感じた。好意もそこには有るだろうけれど。そらそうよね、とえりこも自分でちょっと笑ってしまった。楽しんで、というのは間違っていないと思う。ただ、それは必ずしも指導部の役目ではないのだ。結局えりこは何もできないとい言ったようなものだ。紙の資料をさかのぼって調査するとか全ての踊りを映像データで残すとか、現実に可能かどうかは別として具体案を出している植津の方がよっぽど説得力が有る。

 開票の結果はまあえりこも納得できるものだったが、3票差で植津が勝った。健闘したと思う。指導副もくるみに決まった。結果えりこだけ役職が決まらなかったのでその場で葵さんも困っていたが、最後にK夫人が提案してくれた。
「四宮さんは指導部員として仕事する一方で、民族舞踊を研究して技術面よりももう少し文化的な面を磨く部署を設立してはどうでしょう」
「新しい部署ですか」
 えりこは戸惑う。葵さんの顔を見るとさすがの彼女もどう言っていいかわからない様子だ。
「あなたの趣味の為じゃありませんよ。サークルの部署として、指導部や渉外部、衣装部と協力して例会を運営する為のものです」
「はい……」
「あの、今すぐでは話し合う時間が」
 葵さんが言った。
「私たちも付き合える人だけが残ります。現役の為の総会ですから、ご自由に存分にどうぞ」
 K夫人は笑って着席した。あらら。富田くんに以前愚痴ったように、本当に長引いて夜中までかかりかねない事態になった。2年生は立ってわらわらとえりこの所に集まって来て、額を突き合わせて話し合った。研究部っていうのはどう? 研究部長がえりこ。文化部は? でもさ、2女6人しかいないから人数割けないよ。じゃあ1女を入れたらどうかしら? 1女が役職に就いてもいいの? 入れるしかないよ!
 OGがおにぎりを差し入れしてくれて、現役生達は遠慮なくいただきながら話し合った。2時を過ぎ3時を過ぎ、1年生のえりこを守る会の子達がえりこよりも熱弁を振るって自説を披露し始め、別の子が止めて揉めて、皆疲れも知らずに言い合い、それでもってとうとうえりこの報告を受けて葵さんが黒板に書いた。

新部署、文化研究部
文化研究部長・四宮えりこ
文化研究部副部長・淡路尚美(1年)
文化研究部員・狩野メイコ(1年)

 全現役生の賛同を得て承認を受け、OGは温かい拍手を送り、えりこの文化研究部長就任が決まった。
 部長はめぐ、財務及び指導部長は植津、指導副及び副部長が深田くるみ、渉外部長は菊地じゅん、渉外副及び衣装部長はマチ。これで決定だ。
 実に6時間に及ぶ総会は無事閉会した。気付くと皆疲れていたが、中でも2女はもう精根尽き果て、或る者は机に突っ伏し、或る者は床に座り込んで言葉も無い。
「皆さんお疲れさま!」
 葵さんが一人一人の顔を見て回ったが疲れてる子に気を遣わせないよういちいち触ったりしなかった。だけど皆涙ぐんで、ありがとうございましたと言うのだ。そうなんだ。今日で3年生は引退。部長としての葵さんを見るのはこれで最後。そう思うとえりこも泣けて来た。

「さあ皆さん」
 1年のさかなちゃんが静かな声でにっこり言うのだ。きれいなワンピースの胸にはいつものお魚のバッジが地味にてかっている。
「クリスマス・イブの特別礼拝が始まりますよ。よかったらご一緒に」
 外に出るとなんと雪が降り始めていた。寒いと思った! ぞろぞろ礼拝堂へ向かう組と、O女子大のクリパ、クリスマスに開催される踊りのパーティへ行く組とあって、えりこはどうしようかなと思ったが着替えをロッカーに入れていたんだということを思い出して、いつもの習慣で誰かに声をかけるのも忘れ一人反対方向へ駆けだした。
 ロッカーで荷物を出してトイレでもこもこ服を着込み、出て来たところ、花音が一人立っていた。えりこは驚く。しかし彼女が暗い顔をしているので、ああそうかと思い出し、笑いかけた。
「あの……」
 花音は手を前で組んで言う。
「大会の約束のこと……」
「そうだったね。大会終わったもんね」
「私、言われなくても自分でサークルやめようかなって。実は退部届を……」
「花音ちゃんクリパか礼拝行くつもりだった?」
「え? いいえ。これえりこさんに渡したら家に」
「じゃ、さ、私からのお願いね。これから、デートしよう。パフェ食べてさ」
「……は?」
 花音は目をパチクリさせている。あーそうか、防寒対策しかしてこなかったけど、もっとお洒落すればよかった。クリスマスなのに色気ないなあとえりこは自分で可笑しくなった。
「家に帰るってことはボーイフレンドとデートは無いんだよね。じゃ、家族でパーティとかある? 明日の方がいいかなあ?」
「えりこさん」
 花音はきれいな顔を歪めてちょっと怒ったように言った。
「全部わかってるんでしょう? 私が嘘の噂流したって言うのも前話した通りだし……」
「もういいってば。大会で私に意地悪したのもわかってるよ。でも全部上手くいったし」
「あたし植津さんに1票入れました」
「そう。でも文化研究部長には承認してくれたよね。全員マルだったよね」
「それは……」
「お願いは、退部届破って、ってのにする? それともそれは自分で破って、一緒にパフェ食べに行く? 私さ、自分でも何か意外だけど、花音ちゃんが思ってる程気が弱くないみたいだからさ、心配しないで!」
 えりこが自分の台詞に照れて笑うと、花音は今度こそ本当に驚いたように黙ってえりこを見ていた。
 クリスマスだし、世の中には実は孤独な人にも開かれた場所がたくさん有って。そう、寂しかったら教会にでも行けばいいんだし、民舞人なら踊りに行けばいい。一人でいたければそうすればいいんだ。だからもし、二人でいたいと思うなら、女の子と二人で抜け出して、皆と別行動してもいいではないか。普段は食べられないような高いフルーツパフェ食べて、ミハエル・ネグリンは買えないけど貧乏女学生の味方、300円ショップの安ーいアクセサリーをプレゼントしあおう。それでもって夜はクリパの後の飲み会に合流して、お酒は別に好きじゃないけど同期や他大学の子、カナリアとかも来てたりなんかして、歌子姫は多分来ないけど、そうだ、杉並大の桃子ちゃんとかに、いろいろ話を聞いてもらおう。ラウンド大会の話とか。今日の大仰な総会のことは他大の人もびっくりしながら聞いてくれるだろう。歌子姫のこと、花音ちゃんのこと、引退した先輩のこと、あと後輩達のことも話したい。男の事はいいや。今はもういろんなことが有り過ぎて、いくら話しても話し足りないだろう。今年はお互いいろいろ大変だったよねって、労い合おう。あの子も多分大変だから。えりこは腕時計を見る。もう16時半だ。マリア様教会には明日行きますから。デートって言ったらやっぱ吉祥寺まで行かないと駄目かな。花音ちゃんとパフェ食べられそうな店を頭の中で思い巡らしながら、えりこは後輩の手を取って引っ張って行った。えりこも執行学年か。未知の役職に就いて不安は有るけれど。まあいいや、今日は楽しもう。
 それは雪の降るクリスマス・イブのこと。いろいろあったけど、皆大変だと思うけれど、世の民舞人達が明日も明後日も、楽しく踊っていられますように。いつまでもいつまでも、私たちの踊れる場所が有りますように。えりこは胸の中でそう願って、花音を引っ張ったまま軽やかなリープとランニングステップで、跳ねるように校門を駆け抜けた。


<終>


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written by Nanori Hikitsu 2014
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