フォークダンスの神が降臨する・ラウンドの女王編p45


 最後の組、筑前女学園のカンガルーポーと九州理科大のダチョウが「I Just Called to Say I Love You (心の愛) 」(Stevie Wonder、1984)を踊るのを、観覧席に座り込んでえりこは眺めていた。曲が始まる直前まで中ヒールのダンスシューズを需品センターで買った話をしているカナリアと、赤いダンスシューズに黒い靴紐を組み合わせるワビサビについて語る歌子姫のちょっとずれた会話をえりこもつい夢中になって聞いていたが、演技が始まると皆黙って体育館のてかてか綺麗な真床で踊る二人に見入っていた。皆終わりの近付いているのを肌で感じて騒ぐ気にもならなくなっているのかもしれない。スティービーワンダー、えりこは初めて見る踊りだけど、トントトトントンの4拍子のリズムが心地よく、二人見つめ合って手を繋ぎリズミカルに踊るその楽しそうな様子に見とれた。
「これ知ってる?」
 えりこが聞いてみると、カナリアが、
「うちに有るわよ」
と言う。
「今度教えたげる。資料もいる?」
「うん、欲しいな」
「フリー校では絶対かからないのが残念」
 歌子姫が言った。そうなんだ。それは残念だ。
 今日は知らない曲いっぱい見られたなあとえりこは思った。歌子姫とカナリアは多分えりこよりずっとたくさんの曲を知っていると思うけれど。
 カンガルーポー、話した事も無い人だけど、踊りを見られてよかった。腕を伸ばしきらずにちょこっと曲げて、開いて閉じて、背を向けて、何か可愛い。エレガントな曲を元気に踊っている感じがして印象的だ。愛してる、って言いたくて、電話しちゃった。か。……素敵だな。

「新年のお祝いでもないし
バレンタインのチョコあげるのでもないし
春一番でもないし
歌ってあげる歌もないし
本当にただの平日なんだけど

4月の雨でもないし
花の便りでもないし
ジューンブライドの話でもないんだけど
なんていうか、本当の何か。

この3つのワードを言う為に……
I love you、って言いたくて、電話しちゃったんだ。
どれだけ大切に思ってるかって。
これは心の底からの思いなんだ。ねえ君、心の底から。」

 音楽がやみ、大きな拍手が響いた。最後の組まで終わってしまった。皆立ち上がる。
「票を集めます。用紙に1組だけマルをつけてこの箱に入れて下さい!」
 実行委員が大きな段ボール箱を持っていそいそと仕事を始めた。手集計は時間がかかりそうだ。委員も大変だな。えりこは富田くんの所へ相談しに行った。二人で1票入れられるから、例によって富田くんはえりこちゃんの好きな人に入れていいよなんて言う。
「私はいっぱいいすぎて……富田くんはどのダンスが良かったのよ」
「やっぱえりこちゃんかな」
「自分達に入れるの? 1票しか入らなかったら自分で入れたってバレバレじゃん!」
「えりこちゃんてそういうの気にするよね……」
 悪かったね。そう言われればそうなんだけど。しかしえりこは困る。
「本当に良かったと思うなら自分でもいいじゃん。僕は良かったと思うよ」
「でも、何かさ、すごい人が多過ぎて、私の踊りなんてって……でも今まででは一番良くできたかなあ」
「じゃ、いいね。心配しなくても歌子姫はじゃんじゃか票を集めるよ」
「……うん」
 富田くんがボールペンでえりこ・富田組にささっとマルつけた。この人思ったより強引だな。初めはえりこの好きにしていいって言ったくせに。

 昼食を挟んで結果発表。発表の前に実行委員長のさちりんから挨拶があった。
「今回一般の方にも審査員になって頂きましたが、多分初めて見る方の中には何を見たらいいかわからないという方もいらっしゃると思うので、憚りながら個人的に一つ進言させて頂きました。それは、見ていて楽しかったか、そして一緒に踊ってみたいと思ったか、ということです」
 さちりんはにこにこ笑っている。
「この大会では技術を向上させることももちろん皆さんの目標となっていたと思いますが、他の方の踊りを見るのもすごく楽しかったと思います。それぞれ勉強になったこともあるでしょう。そしてフォークダンスの一番の目的は皆で楽しむ事だと私は思います。順位に関わらず皆さん本当に素敵でした。ありがとうございます。これからも一緒に楽しんで、民舞を盛り上げましょう。では三位から発表します」
 さちりんはA4の紙を広げた。
「第三位は、大野女子大えりこさんと……」
 何? いきなり、唐突に、何だ? 不意打ちで名前を呼ばれえりこは固まった。な、名前呼ばれた?
「福徳大富田さんペアです。おめでとうございます」
 大きな拍手が耳に響いていたが、えりこはまだ訳がわからずぼーっとしていた。
「えりこさん、前に出てこいって!」
 歌子姫とカナリアがえりこを引っ張り起こす。前に出て行くと実行委員が百均っぽいが銅メダルを首にかけてくれた。そして富田くんが副賞のうまい棒詰め合わせを受け取る。
「ありがとうございます……」
 まさか? まさか? 賞貰ったの? そんなの思ってもみなかった。
「第二位は京都マドンナ女子大のマリ・トドロキ、大阪工芸繊維大の虎木さん」
 拍手。二人は上品な笑顔で進み出てえりこ達の隣に並んだ。わ、マリ・トドロキの隣に並んじゃった……えりこはどぎまぎした。そして続けて、
「第一位は華栄女子大、歌子姫とS大春木さんです」
 一層大きな拍手。歌子姫は得意げな顔で金メダルを受け取り、春木さんはえりこに向かって会釈してくれた。夢じゃない。現実なんだ。そう思うとえりこは急に正気に返った。う、歌子さんやった、やっぱりすごい。だけど私達。うーん。このペアと並ぶと見劣りするんじゃ……。よく三位に食い込んだななんて、えりこは自分で感心してしまった。
 さちりんは続けて審査員特別賞らしきものを発表し始めた。ベストコスチューム賞、ベストカップル賞(これはラブソングチャチャの二人だった)、チャレンジ賞、ユーモア賞、フォトジェニック賞、ベストリズム賞、などなどこういう賞を考えて割り振るのも楽しかっただろうなというような様々なのが全員に授与され、大変盛り上がった。やるな実行委員。受賞者には書道専攻の学生が小さい賞状も書いてくれて、これも嬉しい。
 植津・仁科ペアは票数で9位、調和賞というのを貰っていた。キッチリ賞とかじゃなくて調和、という言葉を貰った事が本人としては意外だったようだが植津はにこにこしている。えりこに負けちゃったけどね、と舌を出して。 花音・柳沢ペアは15位で、主演女優賞と助演男優賞? というのを貰っていた。二人揃って手作り衣装を着ていたらコスチューム賞を貰ったかもしれない。そして女優、というのはまさに花音にぴったりじゃないか。彼女ほどの女優をえりこは見た事が無い。よかったね、すごいねと上級生たちがえりこの肩を叩いた。もちろん他の出場者達にも。吉乃さんの優しい笑顔が綺麗で、えりこはずっと目に焼き付けておきたいと思った。こんな風に上級生に褒めてもらえるのも今日で最後。最後なんだなあ。

 授賞式の後はラウンドダンスパーティだった。出演者も観客も全員輪の中に入って行って、大学の枠を超えて皆で踊った。えりこも好きな曲をどんどん踊り、つい気が大きくなって積極的に知らない人も誘った。初めて会った人も、皆踊りが好きで、すぐに息を合わせて踊ることができた。やっぱり楽しい、フォークダンスっていいなとえりこは思う。

「次の曲はCould I have this danceです。素敵なパートナーさんをお誘いください」
 アナウンスが流れた。えりこに突進してくる人がいる。きれいな黒い髪をたなびかせて、紅いチャイナドレスで、歌子姫が駆けて来る。
「えりこさーん! お願いします!」
 えりこが他の人に誘われてしまう前に大声でそう叫んで……。
「いや、でもさ、男の人いっぱいいるのに女の人誘うって……」
 マナーとしてはあんまりよろしくない。
「今日くらいいいじゃない。私男性やるから」
「ごめんもうこれ覚えてない……」
「私リードするわ」
 強引に手を取られた。懐かしい音楽が流れて来た。まったくもう、歌子さんてば。あれは真夏のことだった。歌子さんとCould I have this danceを踊った。歌子姫が右耳の下で髪を結んでいるので彼女が男性パートだとえりこの左手が彼女の髪を掴んでしまうのもあの時と同じだ。

「私はいつもあの歌を思い出す。
私達が初めて一緒に踊った曲。音楽に身を任せ互いを支え合った時、私はあなたと恋に落ちた。」

 ……歌は英語でそう始まる。

「残りの生涯かけて、一緒にこの曲を踊ってもらえますか。
毎晩私のパートナーになってくれませんか。
私達一緒にいるとしっくりくる。残りの生涯ずっと、この曲を踊って下さい。

私はいつもあの魔法の瞬間を思い出すでしょう。あなたを近寄せた時の事を。
私達一緒に踊って、あなたが私の全てなのだと知りました。永遠にそうなのだと……私は」

 二人は恋してる訳じゃない。それはえりこもよくわかってる。歌子さんが好きなのはらんさんだし。でもまるで互いに恋してるように、一緒に踊るのは素敵だ。楽しいね。歌子姫は目を輝かせていた。多分えりこも。
 永遠には踊っていられないことを知ってる。歌子姫はもうすぐ短大を卒業してしまう。親の決めた人と結婚するのかもしれない。えりこだってあと一年で引退。だけどこの瞬間は永遠に二人だけのものだ。いや、この空間にいる人達は皆自分達だけの瞬間をその手にとらえていた。ああ、フォークダンスの神様がフロアに降りて来て、私達に微笑みかけている。皆の幸せを祝福して。
 ……。

***************

「柳沢くん、えりこさんに告白しなくていいの?」
 花音は不機嫌そうに言う。
「え?」
「好きなんでしょ?」
「は? いや別に、そういう……」
「わかってるの? 案外ライバル多いんだから。ああいう、ぎりぎり手の届きそうな話してみるとちょっといい感じの地味な女の人。富田さんは勉強が忙しいしメールとか電話とか苦手だから、今のところえりこさんと付き合わないって仰ってたけど」
「そんなこと聞いたの?!」
 柳沢は必死に花音をリードしながらつい声を上げる。
「うん。何日か前ね。でも今日はもうわからないわよ。二人で銅賞なんか取っちゃってさ」
「……今日はやけにズバズバ言うね、花音ちゃん」
「ズバズバついでに言っちゃう。私、柳沢くん好きだった」
「ええーー?!」
 ターンしてから改めて、
「ええーー?!」
「どうせサークルやめるから、恥のかき捨てよ」
「え、やめるの?」
「うん。私性格悪いし皆に嫌われてる。えりこさん騙して柳沢くんとパートナー組んじゃったし、嘘言って大会でえりこさんの妨害したし、柳沢くんに近付くなって私が勝ったら言おうと思ってた。変なスキャンダルもでっち上げて、えりこさん怒らせちゃったし、1女は皆えりこさんの味方よ。3年生にも睨まれちゃって、もうここにはいられない」
「スキャンダル……あー、もしかしてえりこさんと遊行さんの噂……」
「きっとえりこさん指導部長になるわ。さっき指導副の仁科さんにカマかけてみたら、多分遊行さん、富田さんを来年の指導部長に推薦する。遊行さん本人は口が堅いからわかんないけどきっとそう思う。そしたらえりこさんの天下よ。私サークルにいられるわけないじゃない。順位が上だった方が下だった方に何でも要求できるって約束したのよ。えりこさん私に出て行けって言うわ」
「そんなこと言わないと思うけど……」
 柳沢は驚いてまじまじと花音を見ている。花音は目に涙を溜めていた。
「……花音ちゃんさ、えりこさんがそんなに好きなら普通に仲良くなればいいじゃん」
 花音はきっと彼を睨む。
「男って嫌い。無神経で」
「いや君に無神経って言われてもねえ……」
 二人は並んで座っているえりこと歌子姫を見た。一時期仲違いしていたのに、仲直りしたようだ。妬ましい程べたべたしている。
 こんなに私達振り回してさ、と花音は不満げに言う。
「本人は地味なのに、やっぱりえりこさんて女王様よね」


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written by Nanori Hikitsu 2014
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