ラウンドの女王編p42

最終章:Queen of Queens



 12月23日は朝からどんより曇っていた。爽快に晴れ渡っていればもう少し気分も高揚したのに。えりこは参宮橋駅前で富田くんと待ち合わせて会場の体育施設へ向かったが、歩きだして早々、板橋女子家政大のカナリアに遭遇してしまった。こういう時あんまりプレッシャーをかけてくるような子と会いたくなかったんだけど。カナリアはひらひらした薄手のコートに、花の付いた黒い帽子を被っている。普段着は案外女の子らしい趣味のようだ。
「えりこさん! 今日はよろしく」
「よろしくお願いします」
「そちら相方さん?」
「福徳2年の富田です……」
「そ、よろしく。こっちは神田学院2年の知滝くん。で、ね、聞いた? "ラストワルツ"踊るのが3組はいるんですって。ラウンドでは人気ナンバーワンだもんね。私も考えたけど、被るのはちょっとなーと思って。そうそう、京都マドンナ女子のマリ・トドロキはハンガリーの輸入物の民族衣装着るらしいわよ? すごいわね金持ちは。でも衣装の事なら私、服飾科ですからね。一番私の踊りに合うスカートを計算して手作りしたわよ! 見てらっしゃい。会場をあっと言わせてやるから。それでそれで、えりこさんは何着るの?」
「行くよカナリア……どうもすみません」
 知滝くんがえりこ達に申し訳なさそうにぺこぺこ頭を下げながら、しゃべり続けようとするカナリアを引っ張って行った。
 出場者は早めに会場入りして受付を済ませるが、後から福徳・大野の皆も見に来てくれることになっている。うちの学校からは結局えりこ・富田組、植津・仁科組、花音・柳沢組の3組が出ることになっていた。白井は気の毒にもパートナーが見つからなかったらしく応援組に回っている。
 開始の10時半まで1時間も有ったので、えりこは急がず慌てず立ち止まって、会場の体育館を眺めた。体育館はとても広くて、仮設置のようなものだが500人くらい入れそうな観覧席も有る。ここまで人は埋まらないだろうけれど既に学生たちが集まって座っていた。知ってる顔も有るし、知らない顔も有る。ああ大会なんだと思うと緊張した。こんな広いフロアで二人だけで踊るなんて、自分が随分小さな点になって大衆の前に晒される気がして、心細い。皆ちゃんとえりこ達の踊りを見てくれるんだろうか。孤独を感じながら踊るなんて寂し過ぎる。もちろん一人ではないが、富田くんしかいない。心細い。その時、
「えりこちゃん」
 声をかけられて振り向くと吉乃さんと遊行さんがいた。二人の懐かしい笑顔にえりこは涙ぐみそうになる。
「吉乃さん……」
「頑張ってね。ちゃんと見てるから、大丈夫よ」
「は、はい……」
「えりこちゃん緊張してるでしょ」
遊行さんが笑う。
「いつも通りね。焦らなくていいから」
「はい」
「楽しむのが一番、よ。だってフォークダンスだもん」
吉乃さんは本当に心から楽しそうに微笑んでいる。て、天使のような人だ。
「僕達も出てみたかったかもね」
遊行さんはそう言って、別にそんなに拘っている風でもなく手を振りその場を離れた。
 吉乃さんを見ると彼女は少しだけ寂しそうな顔をしたような気がして、えりこははっとした。富田くんはふいにぽんとえりこの背を叩き、
「着替えに行く?」
といつもと全く変わらない様子で言った。
「今日はさ、上手くいきそうな気がするよ。他の組見るのもきっと楽しいよ」
「うん」
「ずっと気になってたけど、こないだごめんね」
「は? 何いきなり」
 唐突だったのでえりこは面食らった。
「勝手なこと言っちゃって」
「勝手なことって」
「えりこちゃんは優しいってこと。そんなこと押しつけられたら嫌だよね。単に、僕はえりこちゃんみたいに優しくないからさ」
「えー? えー?」
そんな馬鹿な。えりここそ富田くんみたいに優しくないよ。
「自分の事ばっか考えて、実は自分の勉強のこととか将来のこととかさ。サークルに貢献もしてなくて、来年度役職の話が来たりして正直面倒だななんて思ったり。でも、今回の練習すごく楽しかった。思い切ってやってみてよかったよ。えりこちゃんが受けてくれてよかった。ありがとって言っておきたくて」
「何よ。まだこれからじゃない」
思わずえりこは笑い飛ばした。すっごく恥ずかしかったからだ。
「じゃ着替えてくるね。今日頑張ろ」
 もっと心を込めて彼への感謝の気持ちを伝えるなり、感情に訴えかけるようなことを言うなりすればよかったんだろうが、えりこはそんなに器用じゃない。会話なんてきっとすぐ忘れてしまうし、大会が終わればペアも解消、また会話すらしない関係に戻るに違いない。だから、だからこそ、富田くんと今日は楽しく踊ろう。それで十分だ。

 えりこのエントリーナンバーは14番で、大会参加者は17組。1組5分としても1時間半で終わる。特にトーナメントという訳でもなく1組1回ずつ順番に踊るだけだ。8団体(2校1組ペアのところも1校で1組ペアのところも1団体と数える)から各3人代表審査員が出て、民舞人ではない一般大学生審査員が20名。合計44票として、得票数の多い組が優勝。
 17組も端から見て行っても憶えていられないので各審査員が点数表プリントに点数をメモしておくことができるようになっているが、その点数に関わらず最後に自分の入れたい組にポンと1票入れればそれでよいらしい。緩い大会なので。
 福徳・大野からも3人代表審査員を出すように言われ、えりこは応援に来る上級生に頼もうと提案したのだが、なんと植津と花音が、出場する3組で1票ずつにしようと言う。3組も出る団体はうちくらいだし、他の団体は自分の所に1票×3入れられるのに、組ごとに見ると平等に票を分配すれば1組1票しか入らないうちは不利だ。それならいっそのこと平等にではなく本当に良かったと思う組に自分たちで入れる方が納得がいく。というのが彼らの主張だ。言ってることはわかるが……シビアな人達だ。植津と花音以外そこまで点数にこだわっていなかったのと、自分で好きな組に票を入れられるのもいいなと思ったので、結局皆その案を受け入れた。

 更衣室で歌子姫と会った。彼女はもうひざ丈のチャイナドレスに着替えていて……ん? チャイナドレス?! えりこは目を疑った。深い切れ込みが入っているとはいえタイトで、腕の上げ下げさえ難しそうな衣装でどうして? 長い髪はいつものように右耳の下で一つに結んで、アウン・サン・スー・チーを思わせる白い花をわんさか盛った飾りを付けていた。紅いチャイナドレスから細い足が伸び、その先は黒いハイヒールのダンスシューズ。チャコットや池袋の大久保靴店あたりで売っている一般的なフォークダンスシューズで、合宿の時は使いこまれて白く剥げていたが、靴墨でも塗ったんだろう、てかてか光沢のある真っ黒になっていた。
 歌子姫は持参した折立ミラーを覗き込んで念入りに化粧していた。鏡越しに目が合って、思わず見つめ合った。歌子姫はえりこの方を振り返る。だが何も言わない。
「あの……今日は頑張ろうね」
 えりこはそれだけ言った。歌子さんとっても綺麗。その言葉が出かかったが、言っていいのかわからなくてとうとう口に出せなかった。
「ええ」
 歌子姫はまるで素直な女の子であるかのように言った。
 更衣室は人でごった返していたが何とかベンチの一角を確保し、えりこは荷物を置いた。それにしても――周囲を見回すと誰も彼も派手な色彩で、民族衣装有り社交ダンスのラメ入りドレス有り羽根飾り有り……民舞人らしく靴は皆黒又は赤のダンスシューズだったけれど。
 しまったな。適当にロシアの民族衣装でも持って来ればよかった。練習着でいいんじゃなかったのか。えりこはと言えば馬鹿正直に――花音の作ってくれた黄色い花柄の練習用ギャザースカートと、300円ショップで買った真っ黒の長袖Tシャツだった。花音がお揃いのスカートにすると言ってたから。それがフェアかなと思って。別に、彼女と仲良くしたいと思ってこれにした訳じゃない。その時――
「えりこ着替えないの?」
 植津と花音が近寄って来た。フレアスカートのスーツという見慣れない姿をした植津と……いつかえりこが着た演劇部の妖精コスチュームに似た、もっとふわふわした丈の長いチュールスカートの花音。どういうこと? えりこは言葉を失った。和紙でできた花冠に、ワイヤーとチュールで作った小さな羽根を背中に背負って、まるで紙粘土の創作人形のようなフェアリーがそこにいた。白い肌、カールして肩からこぼれる髪、彼女こそベストコスチューム大賞だ。
「花音の手作り凄くない? あ、れ、もしかしてえりこ練習着なんだ? そりゃえりこらしいわ。私もごてごて着なくてもよかったかなあ。私のこれ、明日の総会で着るスーツなんだあ」
 何も知らない植津はにこにこしている。花音は冷めたような目でうっすら笑っていて……えりこは背筋が寒くなった。嘘、謀られた? 二日三日で作れるものじゃない。あのお揃いのスカートにするって花音がわざわざ言いに来たのに……内心酷く動揺して、えりこは一人更衣室を出た。
 衣装、どうしよう衣装。今から富田くんに……でも彼に言ってもどうしようもない。あと10分で体育館に集合だ。練習着なのはえりこ一人だけ。どうしよう!
 すごい勢いで角を曲がった途端、人にぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい!」
あわてて飛び退くと、
「あれ、えりこさん」
柳沢だった。
「どうかしたんすか。深刻な顔して」
「ああうん、衣装が……衣装が……あれ」
 花音がコスチュームプレイのような格好をしていたのに対して、パートナーの柳沢のこの地味なTシャツと黒ズボンは何なんだ。
「柳沢くん、衣装は?」
「あー。花音ちゃんが。昨日までTシャツでいいって言ってたのに今日になって着ろって、枯れ葉のようなびらびら持って来てさ。絶対嫌ですよ」
「そ、そんな……着てあげなよ。作るの大変だったと思うよ?」
この期に及んでそんな台詞の出る自分が馬鹿だとは思ったが。
「話し合ってから作るべきでしょ。10分前じゃ話し合いも何も無いですよ。彼女いつもあんな感じで」
柳沢はぶつくさ言ってる。
「えりこさんが練習着なら俺もこれでいいっすよね」
「で、でもね、他の人達すごいドレスアップしてるよ。私練習着しかなくて、どうしよう」
えりこが慌ててるのがよっぽど面白かったのか、柳沢はにやっと笑ったが、茶化したりはしなかった。
「えりこさんにはTシャツとスカートとダンスシューズが有れば十分でしょ。寂しかったら友達にリボンでも借りたら」
「う、うん。探してみる」
 えりこは夢中で走って更衣室へ戻り、一番最初に目に入った子――歌子姫のところへ駆け寄った。
「歌子さん! 今日来る時付けてたリボンとかシュシュとか、何か無い?!」
「え?」
 いきなり言われて歌子姫は戸惑ったようだが、すぐに白いレースのリボンを差し出した。
「これ、大会中借りていい? 後で返すから」
「ええ、どうぞ」
「ありがとう!」
 えりこはその場で歌子姫にゴムを借り、髪をくくってリボンを巻き付けようとした。待って、と歌子姫が止めた。
「綺麗に結んであげる。1分でできるわ。ここに座って」
 歌子姫はびっくりするような素早さで器用にえりこの髪を梳かし、くるくる手を動かして歌子姫と同じ形に髪を結ってくれた。えりこの頭を撫でつける手、おくれ毛を掻き揚げる指、頬に触れた手の甲。すぐ近くに歌子姫を感じて、えりこは目を伏せながら、少し震えてしまった。
「はい、できた。えりこさん可愛いんだから、普段からこういうの付けたらいいわ」
「あ、ありがとう……歌子さんもとっても綺麗……」
 思わずえりこがそう言うと、歌子姫は輝くような笑顔を見せてくれた。


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written by Nanori Hikitsu 2014
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