ラウンドの女王編p39


もちろん植津とは仲良くやっているが話し合いの場を設けると途端に皆口が重くなって、同じような話の反復に終わるばかりだった。しかし、
「私には覚悟と行動力が有る」
と言ってのける植津の度胸は見上げたものだ。
「うん、それは認めるよ」
「吉乃さんや、その上の早妃さんがOGや他の部員のプレッシャーの中でどれだけ苦労したか私には想像できる。そんな辛い思いをえりこやくるみにさせたくない、というのも有る」
「ふうん……」
 えりこはそれを聞いて素直に感心したけれども、
「プレッシャーが有るのは当然としても、まずいことがあったら必要以上に叩くとかそういう風潮も含めて、いろいろ私は見直した方がいいんじゃないかと思うんだよね」
「またそれ」
 こういうことでしょっちゅう衝突するんで、近頃では植津も、うんざりするのを通り越して可笑しそうに笑うようになった。
「――でもえりこの言う事もわかる」
 副志望の深田くるみは笑いもせずに言った。
「別に、先輩たちの事批判するつもりは無いけど……皆厳し過ぎるよね。指導部なんだからっていう目で見て。少しの失敗も許されないみたいな。そういうところにばかり神経注ぐより、もっとサークルの為に、さあ……」
 やがてくるみは黙ってしまった。思い切り批判してしまったのだから無理も無い。
「ね、もう行かなきゃ。例会始まっちゃう」
 携帯を見るともう16時30分だ。3時からぐだぐだしゃべっていてもうこんな時間だ。早い。金曜の例会は福徳大国分寺キャンパスの小体育館で行われるので午後に授業の無い3人は毎週こうして自販機コーナー前のベンチで話し合いをしていたのだ。夕方5時からの例会は、夏の間は随分明るい太陽の光が差す窓の下で行われていた印象が有るが、11月も終わるこの時期にはどんどん日の落ちるのが早くなって、例会中外を見るとその暗さに驚くのだった。

 丁度少女達が長々ベンチでしゃべっていた頃、いつもなら指導部の人間はさっさと小体育館へ赴くのだが、引退間際の福徳3年指導部長遊行さんと、大野女子1年の花音が二人きり人気の無い図書館裏で話していた。
「寒くない?」
 遊行さんはいつもの優しい顔でにこっと花音に笑いかける。花音はパニックを起こしそうな程に動揺しながら、黙って首を横に振った。
「引退が延びちゃって……大野の総会が来月24日か。だけど元からの予定通りコールは12月から2年生に全部任せるからね、今日の例会で僕のコールも終わりなんだ」
「……そうだったんですか。すみません、そんな日にこんなこと……」
 花音は手を組んでもじもじしている。先輩が話題を逸らしているのかと思って、どうしていいかわからなくなったようだ。
「ううん、それはいいんだよ。今日はコール納めで、やっと他の事に気持ちが向けられる気がする。いつも忙しくしてて、後輩の事、あんまり気を配ってあげられてなくて、ごめんね」
 遊行さんは困ったり面倒がったりする様子も無く、皆に平等に向ける気さくな笑顔で花音に謝る。謝る、ということはあれだ。お断りだ。もちろん花音にはわかっていた答えだった。
「ごめんなさい先輩。でもこれからも今までみたいに、お話したり、皆でごはん食べたり、してもらえます?」
「もちろん。一年間一緒にやってきた可愛い後輩だからね」
「吉乃さんや他の皆には言わないでもらえます?」
「うん。わかった。心配しないで。だけど……」
「はい?」
 遊行さんが優しい目をしたまま黙って花音を見ている。その沈黙が長かったので、花音はふと不安になった。
「花音ちゃん、本当は好きな人、他にいるんじゃない?」
 そう言われて花音は思わず目をそむける。
「ううん、別に君が嘘言ってるとかじゃなくて。正直どうしてかなってちょっと思った」
「あの……」
「ああ、ごめんね、別にいいんだ」
「あの、私」
 花音は急に恐ろしくなったかのように青い顔をして遊行さんを見上げる。彼はじっと藪に生えている竹を見ていた。手入れの行き届かない庭に雑然と草は生えていて、その篠竹は細くたおやかで、長く伸びれば折れてしまいそうなものなのに、誰に寄りかかることもなく凛として立っていた。冬の風が吹いて来て、葉をかさかさ言わせている。
「篠の深山って、えりこちゃんのことかな。しのみやえりこちゃん」
「あっ……」
「ごめんね勝手に1女ノート見ちゃって」
「あれ私じゃありません」
「そう……そっか」
「私じゃ……」
「うん、いいんだ」
 この先輩が何をどこまで読み取ったのか誰にもわからない。しかし想像するに全てを、誰が何をしようとしているのかというところまで、見破ってしまったとも考えられた。花音は黙って遊行さんを見ている。遊行さんも黙って花音を見ている。言葉は少なく妙な駆け引きがそこに存在していたようではあるが、遊行さんの眼差しは優しく、まるで後輩への純粋な愛情しかそこに無いかのようだった。


****************

「そっか、上手くいかなかったんだ」
 京は笑っていたが、多分内心怒っているんだろう。携帯のストラップをくるくると人差し指に絡めてはほどき、小さな石が携帯に当たってカチカチ言っていた。
「ごめん」
 花音は謝るが、そんなに悪いことをしたとは思っていない。もともと彼女にとってはどうでもよかったのだ。遊行さんのことなど。
「えりこさんにも興味無い、美人の花音が迫っても駄目。あんな素敵な彼女がいたら仕方ないかもね」
「私、言われた通りにやったわよ。もういいでしょ」
「遊行さんが保守派の瀬川さんを福徳次期指導部長に推して下さったらなあ。でももう時間切れか」
京が何を言っても花音は素知らぬ顔。黙っていても仕方がないのでまた京が口を開く。
「福徳の次期役職は基本上級生の推薦で決まるんだもの。現指導部長の遊行さんが推薦する人だったら確実に通るわ。このままじゃえりこさんと親しい富田さんが推薦されるかもしれない。植津さんが大野の次期指導部長になるからにはちゃんと周りを固めなきゃ。そうでしょ?」
「……京はその次の指導部長になるつもりなんだものね」
 花音が言うと京は無言でにまっと笑った。
「福徳でも次期役職揉めてるの?」
「水面下でね。大野の指導部程じゃないけど。富田さんが急に候補に挙がって来たから。多分大野の2年生も遊行さんが誰を推薦するか知らないわよ」
「なんで京は知ってるの?」
「1男に探らせてるの」
「それで私にあんなことさせたのね」
「あら不満? これは交換条件の一部だったはずよ。花音も随分得しといて今更」
「お京の方が断然得してるじゃない。人の事便利に使って」
「ふうん」
 京は冷たい目で花音を見た。花音は黙る。
「バラしてもいいんだ?」
「駄目よ!」
「私はまだ何も言ってないわよ?」
「駄目」
「わかった。じゃ、最初の約束通りにしましょう」
 花音は黙ってうなずいた。京の満足そうな顔を彼女は見上げる。苛立ちをぐっとこらえた。
「まああなたも上手くやったら。また電話する」
 京は満足げに笑って練習室Bを出て行った。


*********************

 大野女子大フォークダンス部では例会以外の練習用によく場所を取っていて、デモ練や個人練で好きに使えるようになっている。京は花音と京の他に誰も来ていなかったが、京が出て行ったのと入れ違いに福徳1年の柳沢くんが入ってきた。もともと三時半からということで約束していたのだ。
「京ちゃんもう帰っちゃったの?」
「え?」
「今挨拶だけしてすれ違ったけど」
「ああ……ええ」
「……」
「……」
「いや練習に来てたんじゃないんだ?」
「ええ」
「用事とかあったんじゃないの? 大丈夫?」
「ええ、まあ」
「練習しようか。ラジカセ持って来てくれてありがとう」
「いいえ……」
 花音・柳沢ペアがラウンド大会の曲として選んだ曲はテネシー・ワルツだ。1年生なのであまり凝った曲を選択する必要は無いと柳沢くんが言い張るので、1年の初め頃習った、フィギュアの複雑でないテネシーワルツにしたのだが、花音も1年生とはいえもう12月、3年生も引退する時期だというのにこんな簡単な曲でいいのか。既にラストワルツだって習ったのに……でも花音もテネシーでいいって何故か言ってしまったし……。いや今からでも変更したいって言うべき? と内心思いながら花音は自分の意見を言う事ができなかった。男の子にはいつもそうだ。いや、いいんだ、別にこれでも。だけどなんで柳沢くんはテネシーワルツを選んだんだろう。好きなのかな……。
 そんなことを思いながら、何度会っても仲良くなれない柳沢くんにどう接したらいいかわからない。
 どういう練習をすればいいのかまるでわからないので、2人はとにかくひたすらワルツターン練をする。サークルで使っているテネシーワルツの音源はフォークダンス用の、リズムに一切乱れの無いインストルメントで実はちょっと味気ない。本当言うと花音は何度も踊っているうち飽きて来てしまっていた。でも柳沢くんはそんなこと言わないし……彼は大会には出たくないみたいなのにえりこさんに言われて花音に付き合ってくれているのだから変な文句を言うのも気が引けた。柳沢くんと踊ったらもっと楽しそうだと思ったのに……思った程ではないのはどうしてだろう。別の上級生に誘ってもらって踊った時は楽しかったのに。これじゃあえりこさんのチェーンに繋がって踊る方がずっと楽しいじゃない……。

 そこへ指導部長、世羅吉乃さんが入ってきた。12月になるとこの練習場取りにも指導部が関わらなくなって、下級生達はこの時間先輩が来るとは思っていなかった。しかし彼女は練習着ではなく普段着だ。細身で茶色のウールコートを着て、白いベレーを頭に乗せ、膝丈の灰色のスカートという清楚な姿は彼女によく似合っており、花音の目にも好もしかった。
 ワルツターンを練習室の端まで終えた二人は踊りを中断した。別にやめる必要は無いのだが、目の醒めるような綺麗な先輩を見て少なくとも花音は気が削がれてしまったのだ。
「こんちは」
と柳沢が吉乃さんに挨拶したので花音もそれに倣った。
「こんにちは。頑張ってるのね」
吉乃さんはにこっと笑った。
「ワルツターン、これで合ってますか?」
柳沢が言う。
「ええ、ちゃんと回れてるよ。足の位置も一応大丈夫」
「何か合ってないような気がするんですが」
「そうねえ……それぞれやってることは間違ってないと思うわよ?」
「二人の息が合ってないってことですか?」
 柳沢は少し躊躇いながら聞いた。息が合ってない、なんて、パートナーの前で言うのは悪いと思ったのだ。
「うん、そう」
 あまりにはっきり吉乃さんが言うので、柳沢も花音もはっとした。
「花音ちゃんはもっと柳沢くんを信頼して1歩目4歩目で背中に体重預けて。柳沢くんはリードするのはいいけど独りよがりにならないで。歩幅を自覚して。相手をもっとよく見てね。たくさん距離を進む必要は無いのよ」
「はい……」
「社交ダンスでは違うかもしれないけど、フォークダンスだと女子はあんまり歩幅を広げてステップしなくていいんだわ。女子の方がダブルサークルの外側にいるということは、内側にいる男子よりたくさん距離を歩かなきゃいけないってことなのよ。女子が小股で効率良く動けるように、男子も意識して小股で動いてね? 男の子が女の子を振りまわしてちょっと無理させてるように見えて、品が無くなっちゃう」
 なるほど、と柳沢は言った。
「花音ちゃん、いかにも必死っていう動き方に見せない方がいいけど、でも実は必死に動かなきゃいけないのよ。余裕に見せて、実は頑張って。ワルツは優雅に見せるけど力が要るのよ。この曲、ちょっと速いんじゃないかしら?」
「はい……速く感じます。もうちょっとゆっくりな方が私……」
「え?! そうだったの? 花音ちゃん」
 柳沢が驚いて花音の顔を見る。
「ご、ごめんなさい私、ついていけてなくて」
「言ってくれたらいいのに」
「ごめんなさい」
「謝らなくていいってば……」
 彼の少しうんざりした様子を見て取って花音の顔が強張る。

「あっあのね!」
吉乃さんが場を取り繕うように明るい声を出した。
「テネシーワルツ、うちや多くの大学ではこの歌の入ってないダンス用の音源で踊ってるけど、実は歌が入ってる音源も有るのよ。待ってね」
 吉乃さんがバッグの中からCDを取り出した。そしてレーベルを見ながら早送りする。
「パティ・ペイジって人が1950年代に歌ったのよ」
 そして流れて来たその古めかしい前奏に二人は既に心奪われていた。低い、情感を帯びた歌声が響く。色っぽいというより、大人の女を感じさせる気だるげな声。抑えても尚にじみ出る激しい思い。やりきれない、悲しい、でも美しい彼女の青春を思わせる歌。ズンチャッチャの3拍子が、大野の音源よりむしろはっきり刻まれ、流れるような旋律を引き立たせていた。二人は黙って聞き入っていた。


web拍手 by FC2

Tennessee Waltz- Patti Page

次へ

前に戻る

トップに戻る

written by Nanori Hikitsu 2014
広告 [PR] 再就職支援 スキルアップ アルバイト 無料レンタルサーバー