ラウンドの女王編p35



 パーティシーズンとは。各大学の民舞がサークルの創立記念パーティを毎年行っているのだがどういうわけか関東フリー校(全日本学生フォークダンス連盟非加盟校)の創立パーティは秋に集中しているのだ。皆がよその大学を訪問できるよう、日程が重ならないように話し合って調整し、10月末から12月まで毎週のようにあちこちでパーティが開催されるのである。ただひたすら曲がかかって踊りたい人が踊り続けるというだけでなく、パーティの途中デモと式典があって、主催大学がお客さんの前でデモを披露して、部員紹介をする。それを他大学の人達が座って取り囲んで見ている。
 福徳大野のパーティは10月に終わって、以前はその時点で3年生は引退することになっていたのだが最近では11月末まで在籍することになっている。とにかく大きな行事が終わったことでえりこも少し気が楽になって、他大学のパーティを楽しむことのできる状況ではあった。今日は11月とはいえ木枯らしの吹く寒さで、踊らないで床に座っているとかなり冷える。えりこはコートを羽織ってぼんやりしていた。同じようにコートを着た子が前を通り過ぎる。ブルガリアの白くて長いベールを頭に被って、民族衣装の上にコート。クライスツ・ホスピタル程ではないが丈が長いあれだ。ダッフルコートとかピーコートとかいう可愛らしいんじゃなくて、お堅い高校の生徒が制服の上に着そうなあれ。紺色でロングのそっけない、いわゆるオーバーコートを着、その裾から伸びたストッキングの足に黒いヒールの有るダンスシューズを履いたその格好は、カトリックのシスターの冬の外出姿を思い起こさせた。

「どうしたの、えりこちゃん。踊らないの?」
 同期の深田くるみが床に座り込んでいるえりこの顔を覗き込んだ。
「え、ああ……」
 えりこは慌ててスカートに安全ピンでぶら下げているミニプログラム、略してミニプロのページをめくる。今日のパーティの主催、埼玉国際大学の部員たちが切り貼りして作った手作り感満載の小さなプログラムは表紙のボール紙にコットン生地が貼りつけられていて不揃いながら可愛らしい。今かかってる曲がラズブルシュタナータ・ナンバーツー(Razvrastanata #2、ブルガリア)なのを認識したものの、その曲がプログラムの中に見つけられず、えりこは壁に貼ってある模造紙の大プロを見る。しかし今何パート目なのかすらわからなかった。
「今ここのリクエストパートよ。あ、次はドードレブスカ・ポルカ(Doudiebska Polka、チェコ)だって」
「ドードレ……じゃあ、いいかな」
「どうしたの。えりこちゃんらしくない。いつも知ってる曲はちゃんと全部踊れなくても出てってたじゃない。ドードレなら尚更」
 そう言われればそうだ。ドードレブスカ・ポルカはミキサーの簡単な曲。ミキサーというのは一巡踊ったらパートナーが次々変わって行くカップルダンスのこと。オクラホマミキサーなどがこれにあたる。
「ひょっとして元気無い? ラウンド大会の練習上手く行ってないの?」
「ううん、そういうんじゃなくて。あ、ラウンドはちょこちょこ練習して楽しくやってるよ」
 へえ、と深田は言ってえりこの隣に座った。
「じゃ今度は何よう。ひょっとしてまだあそこにいる彼女のこと引きずっちゃってる?」
 体育館のちょうど反対側に目をやると、S大、華栄の人達が固まって座っていて、その隅っこの方に歌子姫が一人ぽつんと座っている。ブルガリアのショップ地方の青いジャンパースカートを着て長い髪を一つみつあみにした歌子姫は、お姉さん座りをして、両手をグーにして膝の上に置き、顔は踊りの輪に向けているが何か聞き耳を立てているかのように体を傾け、一心に横の人達の会話に注意を払っていた。
 大変わかり易い構図だ。彼女が意識を向けているのは華栄の指導副部長、橘らん子さんと、S大部長の米倉真紀子さん。二人は後輩と先輩という間柄にしてはちょっと度が過ぎて仲良さそうで、もちろん単なる後輩と先輩の間柄だけではないのだが、示し合わせて着て来たのか同じ黒いベストに赤いエプロン、花柄スカートが床の上でパニエによって膨らんで互いに押し合うようにぎゅっとくっつき合っている。大学内で以前に同じ衣装を揃えたのだろうが、今日はパーティということで他の子達が皆めいめいに好きな違う色のものを着ている中で、黒と赤という目に映える色彩の二人はそこだけ違う世界の人達のように目立って見えた。少なくともえりこには。近くに歌子姫がいるというのにらんさんも人が悪い。笑うたびに二人の重なるスカートが小刻みに震え、擦れ合うせいで、ハードチュール・パニエの端がはしたなくもぴょんとスカートからこぼれ出て、一瞬脚が見えた。ああ、あの子達のパニエ、裾に白いレースを縫いつけてるんだ。どうせ見えないはずのものなのでえりこだったら省略しちゃうけど。レース、何メートル要るんだろうなんてどうでもいいことをえりこは考えてしまった。
 らんさんは一度話した事があるので顔もすっかり憶えたが、米倉さんは顔を見た事が有る程度にしかわからない。らんさんは派手な色彩の民族衣装に負けないように、普段はしない赤い口紅を付けて来ているが、米倉さんは全くメイクというものをしておらず、髪もきれいに梳かさずにだらしなく一つに縛って、多分あれはパーティ終了後私服に着替えたらほどいてしまうのだろう、いずれにせよせっかくの綺麗な衣装と少しちぐはぐな感じの素朴な頭が上に乗っている感じがした。だけどまあそれは米倉さんに限ったことじゃない。大抵そんなものだ。とはいええりこは少し意外にも思う。以前はこれ程と思わなかったがこうして見るとらんさんは綺麗な人だ。表情の暗さと、眉が太いのと少し垂れ気味の大きな目とが他人には無い不思議な魅力を備えているように感じる。だがそれに対して米倉さんはどうだろう。素顔美人な訳でもなく、メイクを頑張ってる訳でもなく、髪はトリートメント不足で束ねた間からパサパサピンピン跳ねている。いやもちろん、民舞人の女なんて皆そこまでファッションに関心なんて持たないもんだが。しかしらんさんはあの歌子姫のようなきちんとした美少女より米倉さんのような人が好きなのか……いや。えりこはすぐに自分の愚かな見解を恥じた。外見だけで人を判断するなんて。人が人を好きになるのはもっと複雑な事情がある。そんな初歩的なことすら忘れてしまう程自分はいじけて目がくらんでいるのか。

「引きずるも何も」
 言いながらえりこは、深田くるみの言う「彼女」のことを歌子姫と認識して会話を進めるのは何だか周囲の決めつけに屈したようで抵抗を感じたけれど確かに彼女は彼女なのだからしょうがない。
「別に何も無いし」
「えりこちゃん相談乗るよ? 一人で思い詰めちゃ駄目よ?」
「何の話?」
「だって合宿以来歌子姫一切えりこちゃんの所に近寄って来ないし、この間すれ違った時もえりこちゃん目も合わせず会釈しただけで。歌子姫はガン見してたけど。これは何か有ったんだろうなあって」
 やはり見られていたか。えりこはため息を吐く。
「違うよ。歌子姫とは別に何も。ただ、パーティシーズンが終わったら3年生引退しちゃうんだなあと思ったら最近寂しくて」
「そうだねえ。私も寂しいな。去年の3年生が引退した時も寂しかったけど、もうちょっと違う感じの寂しさが有るよね。1年の頃は雰囲気に酔ってた所も有ったけど、今度は2年も一緒に活動した人達だからね」
「うん……」
「まあ、でも、えりこちゃん。それも大事だけど、私たち自身の問題もちゃんと直視しなきゃねえ、そろそろ」
「うん……」
 そうなのだ。来年度の役職決めという現実。植津は指導部長を譲らないし、深田くるみは指導副がいいって言うし、こういう指導部にしたいって話し合いではどうも皆夢ばかり見てる気がする。理想はいいと思うのだが現実可能かというと……難しいと思う。例えば植津は部員が踊りをきちんと正しく憶える為に、うちにある全曲を正しく資料通りに踊った資料ビデオを撮影して永久保存版として後の代に伝える作業をすることを目標に挙げていたが、ビデオ映像に関してはえりこは以前花音に語ったのが基本的な見解で、映像が正しいものを映すとは限らない、見る人が正しく解釈するとは限らないといった意見を伝え、それに付け加えて、きちんと正しくと言っても伝わっている資料自体何度も書き直されてその時代に即したものになっていて、しかも近年書き換えていないものだから最近は「資料ではこうなっているけど去年の上級生のコールではこうだったから去年のコールの方に従う」という方針でやっていて、最早何が正しいのかさっぱりわからなくなっている。ビデオに撮ってしまえばそれが今後基準にはなるかもしれないが、それ以外の解釈が無くなり踊りの幅が狭くなってしまうがそれでいいのか。
 えりこはそう言うのだが植津は頑なに、それでもやらないよりはマシ、と言い張る。ちょっとずつでもやりゃいいじゃない、このままじゃ50年伝わってきたものが個人の解釈でどんどん変わっちゃう!
 ――それはわかるけど、この50年でもすごく変わっちゃったんじゃないの? うちはほとんど他大と交流しないから、一、二代上の先輩のやってたことが全てで絶対と思いこんじゃって、他を受け入れる余裕が無い。日本に入ってきた時には同じ踊りだったはずのものが、現在大学によってかなり違う風に踊られてるのはもう仕方ないよ、でも、うちだけが顧みる機会を失って、うちだけが思い込みであきらかに間違ったステップをしている。これは訂正していった方がいいんじゃないの? ナトリサーネとか、カロチャイウグロッシュ(Kalocsai Ugros、ハンガリー)の足のポジションとか。
 ――えりこは他大のやり方ばっかり見てるから。何であっちが正しいと思うのよ。
 ――だって他大では外国人講師の講習会に行く人もいるし、何代も上の先輩やら他大の人やらいろんな人が普通に例会に参加してるし、そういうの見てると自分が間違ってるかもしれないって思って研究するようになるでしょ。正しい踊り正しい踊り言うなら研究すべきなんじゃないのかなあ?
 ――あのね、私達が受け継ぐのは別にブルガリアの踊りじゃないのよ! 大野女子大に伝わってきた正しい踊り、なのよ!

 えりこはそこでやっと認識の違いに直面する。OBの佐藤さんが合宿の時言ってた、共同体として守りたいもの。多分その感覚はえりこより植津の方が正確に汲み取っている。いや佐藤さんよりもっと極端になっている気がするが。
 ――まあまあ、えりこの言いたい事もわかるけど、と言うのは深田くるみ。別に何の含みも無く言うんだけどね、私たち1年生の頃から1回も休まず例会に出てる。えりこは違ったでしょ? 別にそれであなたを仲間じゃないとか言いたい訳じゃないのよ。でも、1年の初期から私たちはそんな風に伝統を大切にする空気の中で育ってきたようなもんなの。だから植津や私が惹かれてる大野の民舞を、これからもそのままの形で守りたいって気持ちもわかって貰えるかな?

 えりこは黙るしかない。その通りだ。えりこは1年の頃さほど民舞にはまっていなくて、バイトの都合で例会を休むこともあった。それだけではないが人見知りもあって皆と仲良くなるのが遅れたし、サークルが一体となって向かって行く流れに乗れていないのかもしれない。更に、二人が1年の最初からこつこつコールを受けて覚えて来た踊りやステップを、えりこは例会に出ていない分ちゃんと消化していない。指導部に入るにはこれが実質的に不利な要因となるに違いない。痛いところを突かれた。2対1か。やっぱりどう考えてもえりこが不利だ。

「でもえりこちゃん最近すごい自分の考えを言うようになったよね」
 深田くるみはうっすら笑っている。
「何か、嬉しいよ。やっと私たちのこと仲間って思ってくれるようになったのかなって」
「くるみちゃんもうえちゃんも随分はっきり言う人だもんね……」
 えりこは少し照れ隠しをするように顔を背けた。
 目を向けた先にはらんさんと米倉さんがいて相変わらずいちゃいちゃしている。あーもー、公衆の面前でやめてほしいな。いや傍目には女の子同士で仲良くじゃれあっているだけにしか見えなくて、誰も彼らに関心を向けていない。えりこと歌子姫を除いて。二人は決して顔に手を触れたりベタベタ肌を接するようなことはしていない。くるみにあの二人付き合ってるんだよなんて言ってみたとしても多分信じてもらえないだろう。多分信じあっていて、でも嫉妬したりもして、違うタイプなのに尊重し合って、お揃いの民族衣装着て、何だか羨ましい。
 とそこまで考えてえりこは気が付く。そういえば花音がお揃いの練習用スカート作ってくれたんだった。あれもまあペアルックといえばペアルック……たった今えりこが羨んだ「お揃い」だ。だけどなあ……。練習用スカートか。同じ民族衣装を着るというのはそれで一つの絆だ。同じ大学で揃えるので共同体意識も深まるし、他大学の混じるこのような場で自分の大学の人の民族衣装を見るとほっとする。どこに混じって踊っても全然構わないのだが同じラインに同じ大学で繋がると動きが揃うのと衣装が自分のところのだというのとでものすごく一体感が生まれる。ブルガリアの村で皆が同じ衣装を着るのと同じことだ。らんさんと米倉さんは同じ大学(提携大学として一緒に活動しているのは同じ大学というのとほぼ同義)ということでそれだけで強い絆で結ばれている。それがちょっと羨ましいとえりこは思う。

 その時オパスが始まった。


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written by Nanori Hikitsu 2013
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