ラウンドの女王編p34



大学の夏休みが終わって、フォークダンスの例会も再開した。休み中も皆結構顔を合わせていたのでそんなに久しぶりという感じでもなく、いつものように例会が始まって、コールが有って、フリータイムが有って、合間におしゃべりをした。だけど合宿を一緒に乗り切ったせいか、何となく皆の印象が変わったように感じる。いろいろあっても大切な仲間だ。かなり陳腐な表現だが。ちょっとひっかかるところのある1女の京ちゃんに対してさええりこはこれまでにないくらい親近感を覚えるようになっていた。
 実は例会前に2男の白井にパートナーの申込みの辞退をこっそり告げ、大騒ぎされる間に集合がかかったのでさっさと逃げた。そういう前置きをしておいたのではあるが、例会の最後に整列してから、黄葵さんと山野弘樹さんからラウンド大会にエントリーしたい人は早めに申し出るようにというアナウンスが有って、その場で手を挙げたメンバーに一同騒然となった。まず手が挙がったのが、2女の植津と、なんと三年の指導副部長、仁科さん。12月の大会時に引退している三年生が出て来るとは皆思っていなくて、でも植津が熱心にシャイな仁科さんを口説いた様子が想像できたから、言われてみればそう意外でもない組み合わせだった。指導部を引っ張り出してくるとはさすが植津だ。それから1年生ペアの花音と柳沢。皆彼らの積極性と勇気を褒め称えた。
 最後におずおず申し出たのがえりこと富田くん。まあ白井だって富田がえりこに申込んでいるのは知ってるのだから驚く程のことではないと思うのだが、彼は皆の根回しの早さが予想外だったらしく、騒いだかと思えば呆然として、最後には自分もパートナーを見つけると言って手だけ挙げていた。
 違う相手と2回出ていいんならえりこがパートナーやってあげたいくらいだ。断るっていうのは本当に心苦しいし断られる方も嫌なもんだろう。だから普段から、カップルダンスで踊って下さいと申込まれた時はできるだけ断ってはいけないし、断ってしまったらこの同じ機会にその曲を別の人と踊ってはいけないという民舞界でのルールがある。自分の申込みを断った人が別の人に誘われてOKしているのを見るのはどんな気分か想像すればわかるだろう。フォークダンスはあくまで楽しく、仲良く。そういうことができない人はそもそも本人がフォークダンスなんてやりたくないだろう。

 植津もえりこも頑張ってねと同期の皆が言ってくれて、あああこれでよかったんだろうか。エントリーすることになっちゃったよと内心恐ろしくなり膝が震えそうなえりこだった。もちろん表面上は落ち着いているように振舞ったけれど。
 植津は何の含みも無い目でえりこに笑いかけ、お互い頑張ろう、と言った。えりこはその堂々とした態度に感心した。やっぱりこの子いい子だ。変な陰謀とは無縁のところにいる。後輩たちは陰で何かしているような気配が有るが植津本人は関わっていないに違いない。そう確信した。
 そんなこんなで後期例会は始まり、創立パーティのデモ練や2女の次期役職決め会議で忙しく日々は過ぎ、その合間にえりこは富田くんと曲決めの話し合いや練習を重ねた。千葉工科大のパーティには行かなかった。だから歌子姫とは会っていない。代わりに花音とデートした。と言ってもたまたま一人で吉祥寺の手芸専門店に練習用のスカートを作る為の布を買いに行ったところ、何故かばったり花音に会ってしまっただけだ。花音は手芸好きらしくて、ダンスシューズを入れる巾着袋や随分可愛らしい化粧ポーチを自分で手作りしていて、その日も手芸用品を買い求めに来たらしかった。花音はコットン生地の売り場までついて来て、えりこに似合いそうな柄をあれこれ指さした。
「えりこさん、黄色。あれ素敵」
「どれ。あー、花柄かあ」
 紙の筒にぐるぐる生地を巻いた大きいロールが山と積んであるのだが下の方が撮り出しづらくて上のロールを持ち上げている間に花音がさっと目当てのを抜き取った。鮮やかな黄色地に白いマーガレットが一面に描かれた布は広げてみるとそこに花畑が現れたように明るく、清潔な感じがした。えりこのイメージじゃないような気がして断ろうと思ったが、大人しい花音がためらいためらい、
「えりこさんこういうの着た方がいいです。似合います」
と言うので嫌だと言いづらく、更に、
「ね、二人でお揃いのスカート作りませんか。あ、私が作ります。ね、えりこさん」
「お揃い? 私とお揃いでいいの?」
「ええ。私もこの生地気に入ったんです。本当に私、すぐ作りますから。ミシン使うの好きだし、民舞用のギャザースカートなら裏地もいらないし楽に作れます。ウェスト何センチですか? ……あ、すみません」
「あ、じゃ、花音ちゃんの分の材料も私が買ってあげる」
「いいですいいです! 私のは私が」
 ついえりこは承諾するようなことを言ってしまった。セール中でかなり安くなっている生地だし、確かに綺麗で、嫌いではない。お古の練習用スカートが一着くたびれ果ててもう着られなくなってしまったので、何でもいいから一つ作ろうと思っていたのだ。特定の後輩とお揃いというのも何か特別な感じがしていいではないか。たかだか練習用スカート一枚のことだが花音に少なくとも嫌われていないのを知ってえりこは嬉しく思った。
 花音の買い物も終わって、折角だからお茶でもしようということになって、コーヒーショップに入った。花音は大人しく、自分から希望を言って来る子じゃないので、コーヒーショップなんかでよかったのかえりこにはわからないが、ファーストフードよりはいいだろう、喫茶店に後輩連れて入る程えりこも経験値が高くないし――歌子姫がいてくれたらもう平気なんだけどなあと先日のあの喫茶店のことをちらっとだけ考えたが、あの場所に別の女の子と二人だけで入る気にはならなかった。

「それにしても花音ちゃんのようなそういう技術と才能が有るっていいよね」
えりこがそう言うと、花音は恥ずかしそうにもじもじしていたが、
「技術と才能、ですか」
「うん、布と糸と針で一つの作品を作り上げるのも才能でしょ」
「女の子らしい趣味だねって言われる事はありますけど……」
えりこの言葉は嫌ではなかったらしい。そんな話をしていたら、
「えりこさん、ラウンドの曲もう決めました?」
「ああ、何となく決めてもう練習始めてるけど花音ちゃん達は順調?」
「え? 私は……まあ……」
「一年生はまだ始めたばっかりだし、知りたいことが有ったら教えるよ」
「駄目ですよ、一年生だからって教えたりしちゃ」
 何故か少し強い口調で花音は言って、それからはっとしたように口をつぐんだ。自分からラウンド大会の話をし出したのに何だろう? 単純にライバルであるえりこ組の動向が知りたかっただけなんだろうか。
「別にいいんじゃないかな? やり方教えたからと言ってそれで私が不利になるってもんでもないし、基礎はちゃんとやっておいた方がいいよ?」
「私……」
花音は俯いて、それからちょっと上目づかいにえりこを見た。きちんとアイメイクをしたその目はちょっときつい印象を受ける。彼女はえりこに向かって少し怒ってでもいるかのように、
「私、難しい曲がやりたいと思って、植津さんに資料見せて頂けないか聞いてみたんです。そしたら、一回もコール受けてない曲は大会でやっちゃ駄目だって」
「ああ、うえちゃんならそう言うだろうね。三年生の指導部に聞いてもそう言われるんじゃないかなあ」
「資料が有るのにどうしてですか? あれ見たら大体踊れると思います。あとどこかからビデオを見つけられたら……頑張って解読できると思います」
 不満、というより今度は少し悲しそうな顔になって、花音は言う。
「他大学のビデオだとフィギュアはかなり違うからねえ。それはうちの指導部が反対するよ。それに資料を読んでも、細かいニュアンスは直に見て習わないとわからないじゃない? 踊りは口伝みたいな感じで伝わってるからねえ。動画ですら、微妙に間違って踊ってるのが残っちゃってる危険があるし。カウント間違いとか、リズム間違いとか、踊ってる人が頭でわかっててもその時たまたま間違ったかもしれないし、本当は重々しいステップで踊らなきゃいけないのに筋力が足りないとか、曲が早いからとかでつい滑っちゃってるかもしれないし。それから、映ってる人は実はちゃんとやってる細かい動きを、見る人の注意力が足りなくてちゃんと解読できていなかったり。それに、ビデオって 写す角度で違うことやってるようにも見えちゃうんだよね。そういうのを見て先に勘違いして憶えちゃうと、後で正しいコール受けたとしても思い込みの自己流でついやっちゃって、正しい説明を聞き洩らしたり、それを見た他の一年生がまた勘違いして憶えちゃったり。それがどんどん下に伝わっちゃうんだよ。そういう意味では直に見せて、言葉と動きできちんと説明するコールの重要性って高いと思うんだよなあ」
「まあ確かにそうかもしれないですね……伝統にも一応意味がある、って」
花音はつまらなそうに言う。あれ、おかしい。花音は京と一緒に植津派なんじゃないのか。伝統の指導部を守る事に賛同して、えりこのような他大からの影響の強い、踊りの自意識の高い(というか自分の感覚を重視する)人間が指導部長になる事に反対しているんじゃないのか。
「えりこさんてもっと革新的なのかと思ってました。案外保守なんですね」
「私の方が意外だよ! 花音ちゃんそういうの嫌いなんだと思った……」
「え? そうですか? そうでしたっけ……」
花音は笑った。あ、誤魔化した。この子どうもよくわからない。謎めいているというより、本当に単純にわからない。
 しかしそれにしても花音は華やかで、グレーのシンプルな夏ニットに金色のネックレスを合わせた割とどこにでもあるようなコーディネートなのに、彼女の顔色を乗せると色彩豊かな絵画がそこに生まれるような気がする。えりこには到底真似できない、生まれながらの華やかさってやつなんだろうなあと感心する。まあ、そうは言っても、単に服装に合うように施した化粧のせいなのかもしれないけど。合宿で見た素顔も整っていたがあの時今目の前に有るような華やかさは無かったような。――どっちでもいいかもしれない。すっぴんのさっぱりした花音が良いような気もしたが、化粧が濃いのも花音らしいと思った。化粧が濃いことと自分の本心を隠しているのと別に因果関係なんて無いとは思うけれど、この化粧の下にもっと別な花音が隠れているような気がしてならなかった。彼女を目の前にした時のもやもやした感覚が一体何なのか、苦手意識なのか好意なのか、まだえりこにはわからない。


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written by Nanori Hikitsu 2013
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