ラウンドの女王編p28

えりこはびっくりした。いや別にいいんだけど、大会に出たいなら勝手に出たらいいのにえりことの勝負に絡めてくるのか。大将の京ならともかく彼女を出して来るところに驚いた。
 当の花音は少し恥ずかしそうにもじもじしていたが、ぺこりと頭を下げて京のうしろに引っ込んだ。
「競争って……何するの?」
「ラウンド選手権大会で上位になった方が勝ち、です」
「お京、何か企んでない? 何を賭けるつもり?」
尚美は眉をひそめて言う。
「あら賭博なんて品の無いことしませんよ。ただ、負けた方が勝った方の言う事を聞く、なんてお遊びどうですか」
「お京、えりこさんに勝つつもりでいるの……?」
「あたしじゃなく花音ね。もちろんえりこさんはラウンドの女王と言われる身。そこに挑むのだからハンデくらい頂いてもいいんじゃないですか?」
「ハンデって? 優劣付けるのは審査員でしょ。1年生だからって花音に甘い採点してくれる訳ないじゃん」
「そうじゃなくって、パートナーの選択優先権を花音に譲って欲しいんです。もちろん相手のいることだから組めるとは限らないけど、えりこさんも花音の選んだ相手が花音と組んでくれるよう一緒に説得してくれる、っていうことで」
お京は爽やかに笑った。
「皆ちょっと待ってよ――」
えりこは聞いていてくらくらしてきてしまった。勝手に話を進めないで欲しい。
「だからね。ラウンド大会はもしかしたら順位つけるのかもしれないけど、趣旨はあくまで他大学とかいろんな人とかと交流しようってイベントなのね。私が聞いたところによると。だからそんな、勝った負けたという視点の参加の仕方には私反対よ。それにさあ……」
 珍しく長々自分の意見を述べたのでえりこは息切れがし目まいがした。
「フォークダンスは勝負とか順位つけたりとか、そういうもんじゃないじゃない。そこがフォークダンスのいいところ、でしょ?」
尚美と狩野メイコがうんうん頷く。しかし、
「でもえりこさん」
京はちっとも納得しそうにない様子で言う。
「ハンガリーのレゲニッシュ大会だって有るじゃないですか。スコティッシュのハイランドダンスだって現地でコンテストが有るでしょう」
「レゲニッシュって……お京ちゃん難しいこと知ってるのね。1年生なのに」
 えりこは感心してしまった。レゲニッシュ(レゲニェッシュ)というのは、男性が個人技を見せるハンガリーの踊りだ。タンツハーズタラールコゾーというブダペストのお祭りの中で、弦楽器等の生演奏の中に順々に勇者が入って行って、ハンガリーのその地方独自のステップを組み合わせ自分で構成した即興の踊りを見せる。パーリンカという強い酒を飲みながら観客は見事な踊りに喝采を送り、その踊りの盛り上がりに合わせて演奏隊は即興で音楽を変え(すごい演奏を引き出すのもダンサーの技量次第だ)、女性は横からハンガリー語の決まり文句で次々囃したて、また女性だけでバックバスケットを組んで輪になってぐるぐるぐるぐる回る。フィドラー(バイオリニスト)とダンサーと観客が息を合わせて作り上げる場だ。順位をつけることもあるとはいえあれを単純に勝負と言っていいのか疑問だ。えりこがそう言うと、
「ラウンド大会も同じですよ。あの人の踊り素敵! あのカップルにベスト・ラウンドダンサーの称号を! って盛り上がるのがいいんじゃないですか。今学生がやってるパーティって、皆自分が踊るので精一杯で、他人の踊りなんか見てないじゃないですか。そっちの方が寂しいとあたし思うんですよね」
「なるほど」
 えりこは目から鱗が落ちたように感じた。他人の踊りを見る、か……。確かにカップルダンスというのは組んでいる相手と二人だけの間にコミュニケーションは有るけれど、他のカップルとの交流はほとんど無い。二人で向かい合っているだけあって非常にクローズドな空間で踊る事になってしまう。「ミキサー」なら次々相手が変わるのでその度に挨拶したり慣れない相手の歩幅に気を遣ったりする分顔も笑顔になるし、賑やかで結構盛り上がるのだけれど、ミキサーは曲自体あんまり無いからなかなかかけられることが無い。つまりカップルダンスで人と交流するのは意外と難しい。そういう状況を打開するのにこのラウンド選手権とやらは案外良いものかもしれないぞ? ラウンドダンスが好きな人ほど自分が踊ってしまうので、座って人の踊りを見るチャンスが少ない。人の踊りを見た方が勉強にもなるし、人と盛り上がれる。「見る」という目的の為にこの大会に参加するというのは良いアイデアだ。
「何か重要な意見聞いた気がする。うん、わかった。ってか何かわからないけどいいよ。一緒に出よう」
そう言いつつえりこの頭の片隅にちらと不安が湧き起こらないでもなかった。まさかえりこが負けたら指導部長に立候補するのをやめろとかそんなんじゃないよな、と。
「心配しないで下さい。役職のことは1年生の花音が決めていいことじゃないから口出ししません。それこにれはお遊びですよ、お遊び。えりこさん、勝ったら花音に何でも言いつけて下さい」
 あの子何でもしますよ、と京が最後にえりこの耳元で囁いた。……え?
 京はにやりと笑い、多分聞こえていないであろう花音はすまして口元を固く閉ざしつつ、切れ長の目だけは少し細めてえりこの方を見ていた。えりこの背筋を一瞬緊張が走った。どういう意味だろう。あの子何でもしますよって、意味ありげな。えりこが考えるのにいちいち反応するかのように花音は瞬きし、頭を動かしえりこを見る。綺麗な白い頬。右目の下の泣きぼくろ。嫌だ。何考えてるんだろう。えりこには別に女の子をどうこうしたいなんて気持ちが有るハズは無い。確かに男と付き合ったことは無いが女と付き合ったことだって無いのだから。
 えりこがもし勝ったとしたら、映画でも付き合ってもらってパフェでも奢って終わり、ってなもんだろう。先輩の取るべき態度としては。なんなら京も一緒に連れていけばいい。他に何を要求すればいいんだ? そして花音はえりこに何を要求しようというんだろう。別にこんな回りくどいことしなくても下級生に頼まれたことだったら大抵聞いてあげたいとえりこは思っている。それを直に頼んで来ない訳が有るのか、それとも本当に単なるお遊びでこんなことしようというのか、えりこにはさっぱりわからなかった。まさかこうでもしないと言えないような要求が有るのか……いやいやいや。ヤバい。発想が危ない方へ行ってしまうところだった。花音は歌子姫にも引けを取らない、人気投票1位の美人だけどさ!

「えりこさん、いいんですか……?」
尚美が心配そうに言う。守る会だけあって頼りない先輩の事をよくよく思っていてくれている。ありがたいとしか言いようがない。夕食後体育館に集まって、合宿最後の夜を踊り明かすダンシング・オールナイトが始まっていた。合宿でコールされた曲だけでなく、春の曲、これから秋冬にやる曲、いろんな曲が順不同で次々かかる。二、三人しか踊りに出ない曲もあるし、全員が出て行くような人気曲もある。曲をかけているのは三年生だ。合宿最後の夜の思い出に、悔いの残らないよう、同級生同士、また密かに憧れている先輩にパートナーを申込み、或いは挑むのはチェーンダンスの力技、誰に見せるともなく思い切り高く跳躍し、或いは飲んだくれて踊りなど目じゃないとばかりの人もいる。日頃の堅苦しい例会と違って決まりもしきたりも無く思い切り弾けることのできる夜だ。
「わたしお京より、花音の方がちょっと苦手かも」
 普段人を悪く言ったりしない狩野メイコが控え目な口調でボソリと呟いた。
「いいえ、すごくいい子なんですけど、時々よくわからなくなっちゃって」
 陰口を叩いてしまった事を後悔したかのように、メイコは急いで付け加える。
「そうなんだ? 何かあったの?」
そこへつんつん背中をつつかれるのを感じてえりこは振り返った。1男の柳沢だった。
「あれ、どうしたの」
「えりこさんちょっと話が有るんすけど」
すると1女達が勢いよくまくし立てる。
「何よ柳沢! ちょっとあっち行っててよ」
「女同士の話に割って入らないでよね!」
えりこ自身もそうなのだが女の上級生と異様に仲良くしたがる女子大生は同期の男に冷たい。1女達の剣幕に押されて柳沢はすごすご引き下がった。あー悪かったなとえりこは思ったがまあいいや、花音のこと(!)の方が気になってしまう。ついさっきまで歌子姫のことばかり考えていたのに案外えりこは浮気性かもしれない、と自分でも可笑しくなった。その花音はと見ると、床に座っている遊行さんの隣にくっついて、二人だけで何か話している。珍しい組み合わせだな、まあ遊行さんは面倒見がいいからなとその時何となく思った。
「で、花音のことですけど、私達女子とは普通に仲良いんですけど……でもほら、前期にサークルやめちゃった1年の小山田くん、彼の事もあるし」
 尚美は言葉を詰まらせ、メイコと顔を見合わせている。
「小山田くんがどうかしたの?」
「やっぱえりこさんは知らなかったんですよね。そういうこと疎い……いえあんまり関心が無さそうだなと思ってましたけど」
メイコは失言しかけて咳払いで誤魔化した。
「小山田くん、花音のことが好きでちょくちょくアプローチしてて、花音は断らないどころかいっつも思わせぶりな態度でにこっと笑って見せたりして、あー花音も憎からず思ってるのかなと思ったら、いきなりあの子1年生全員が見てるメーリングリスト、メーリングリストですよ、わざわざ。あれに小山田が花音に送った長文メールを転送して、しかも後でプリントアウトしたのに文法だの修辞だのメタクソに赤字添削して、恋文もまともに書けない男って苦手、なんて女子たちに言いふらしたんですよ。あの子国文科だから。私達ドン引きしちゃいました。そのドン引きする部分は男子の前では見せないんですけどね。でも転送された小山田の恋文メールは確かに気分の萎えるような長文の痛い内容で、男子はあれは花音が間違えて転送しちゃったんだろう、PCメールなんかで告白する方にも落ち度はあるよな、ってことで解釈して、小山田を、からかった訳じゃないんでしょうけどあれどうしたの、と聞いた人もいたみたいで……ほとんどの人は気の毒がって何も聞かなかったみたいだけど皆がどう思ったか想像したら悶絶ものですよね。それから彼すぐサークルやめちゃいましたよ。あー花音は男が嫌いなんだ……と、私は思いました。それにしてもこんなことするなんて、私ちょっと怖いかも……」
 えりこはメイコの話に仰天した。あ、あの京の後ろに隠れて慎ましくしてる女の子が。添削した(この時点でかなり酷い)メールを女子に見せたりしたということは、転送したのも多分わざとだ。せ、性格悪! 目付きなんかちょっとキツめだなと思ってたけど。美人て皆こんな性格きついんだろうか。歌子姫もきつかったし。こうしてみるときついと言っても悪意の無い分チヨコなんて可愛いもんだ。吉乃さんは優しいんだけどなあ。やっぱり女の子は中身が大事だよなあとえりこはつくづく思う。
「あっでも女子には決して酷いことしませんよ。私も初めて民舞に来た時花音が親しく話しかけてくれて、いい人だなーって思いましたもん。頭もいいし。多分、いい子はいい子かもですが嫌いな人には容赦ないというか」
メイコはフォローを入れる。最後の方はフォローでも何でもなかったけど。そっか……いい子なんだ。自分に害を及ぼさないと知った途端えりこもほっとする。こういうところが自分でも小人だと思う。
 空になったコップにお茶を入れに行って、ふと見ると花音はまだ遊行さんと二人でいる。その姿を横目にまた元座っていた場所に戻ろうとしたところ、再び柳沢に呼びとめられた。
「えりこさん」
「あ、さっきごめん。何?」
「ちょっと話が有って……」
「うん、いいよ。あ。そうだ、ラウンド選手権の事?」
「いえ、それはまあまだ時間有るし後でいいです。ちょっと外行きませんか?」
「外? 私踊りたいんだけど、な――」
「あ、そうですよね。合宿最後の夜だし――」
「えりこさん」
わ、びっくりした。いきなりたった今まで遊行さんと話していたはずの花音が現れてえりこのTシャツの裾を掴んだ。
「51師団リール、女子の人数が足りないんですって。入って下さい」
「あ、うん、柳沢くんちょっとごめんね、後でいい?」
「あ、ハイ」
えりこはコップを長テーブルに置いて、急いで皆の所へ駆け寄った。

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written by Nanori Hikitsu 2013
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