ラウンドの女王編p27

第5章:ダンシング・オールナイト


福徳・大野ではコール事前準備の際、コーラー(コールする人)によるデモに重点が置かれがちだが、本当のところ大事なのは皆に踊り方を教える説明の方である。できるだけ平易な言葉で、ダンス用語も使わず、初心者にもわかるように説明するのがいいとされている。カップルダンスなのかシングルの曲なのか、どういう並び方、繋がり方をするのかという「フォーメーション」と「ホールド」の説明、何拍子なのかというリズムの説明を前置きにするのがいいだろう。フィギュアを一通り説明したら、Aパート何回、Bパート何回、など、構成の説明を付け加える。キャバリート・ブランコの場合だと、まず曲のタイトルと国名(メキシコの「キャバリート・ブランコ」)を告げ、まず最初に曲をかけてコーラーが踊って見せる。その後の説明は、こんな感じ。
 (8カウントの)四分の四拍子の曲で、カップルダンス。男子左側、女子右側のロングウェイズフォーメーション(ラインフォーメーションとも言う)になる。
 ロングウェイズフォーメーションを説明すると、男女のカップルが横に二人で並んで同じ方向、LOD(進行方向)に向かい、その後ろに複数のカップルが同じように同じ向きで並ぶので、傍から見ると男性は男性だけの列に縦並び、女性は女性だけの列に縦並びしているように見える。
 ここまで説明することはあまりないが一応言っておくと、普通のロングウェイズフォーメーションで男女間の距離は約1.8メートル、前後の同性とは片手間隔をとることになっているらしい。ただキャバリートブランコの場合は出だしが違い、男子はパートナーの女子の背後に並んで同じ方向を向き、女子は両手を胸の前で左手上に交差して頭の上に上げ、男子は右手で女子の左手、左手で女子の右手と手を繋ぐ。これがオープニングの体勢だ。その後離れてからはロングウェイズフォーメーションになって向かい合って踊る。
 男女でフィギュアが違うところはコーラーのそれぞれが担当して交互に説明。パート(踊りの一かたまり)ごとに区切って、カウント、リズムと合わせ、例えば左足からゆっくり二歩前に歩くとかいう風に、ここはこう説明しなければならないということはないので各自工夫して好きなように教える。大体の踊りは例会のフリータイム(必ず踊らなければならないわけではない時間)にかかっているのでそれを見て皆あらかじめなんとなく雰囲気を掴んでいるし、コール後も何度もかかるので一度で憶えなくてもまあいい。説明を聞いたけどさっぱりわからなかったとかいう人がいなくて、最終的に皆で大まかに理解して曲に合わせて踊れたら一応そのコールは成功と言えるだろう。デモが上出来だったことに加え、そういう意味でもえりこと近藤によるキャバリート・ブランコのコールは無事成功した。
 達成感はある。合宿中のえりこ担当のコールを全て終えて、ひと夏の自分の成長を感じ、仲間と協力することの重要性を学んだ意義は深い。
 けれど、心のどこかがぽっかり空いたようで、いやそんな大袈裟なもんでもないのだがそこはかとない寂しさが……いや理由もえりこにははっきりわかっているのだが。そんな風に時々ぼんやり黙り込んでしまう瞬間もえりこには訪れるようになってしまった。コール後キャバリート・ブランコを踊るチャンスが有ったがその度に歌子姫が踊って見せてくれた派手なキャバリートが脳裏にちらついた。えりこの黄色いメヒコスカートでなく、歌子姫のイメージの真っ赤な赤いスカートがぐるぐる回る様が……そんなこと考えて女々しいというか。いや、いいんだ。女なんだから。しかし何だろうこのもやもやは。大したことじゃない。歌子姫に利用されたってだけのことなのに。

「やっぱりえりこさんの踊りってすごい迫力ですよね」
尚美は目を輝かせ熱い口調で言う。
「そうそう。ドラマを感じるというか。ただ正確に資料通り踊ってるっていう感じじゃないですよね」
メイコもニコニコ笑いながら身を乗り出してくる。
「そうかな? ありがとう」
えりこは悪い気がしなくて、照れてしまう。
「でも、資料通り正確に踊るのも大事だと思うけどね」
えりこがそう言うと、
「あら、えりこさんがそんなこと言うなんて珍しい」
その声に振り返ると京と花音が立っていた。尚美とメイコはちょっと険しい顔をする。あれ、この子達仲良くないのかな? 上級生のせいでそんなことになっているとしたら申し訳ない。京は言う。
「えりこさんのキャバリートは情緒的で素敵でしたけどね」
「あ、ありがと」
「あれは衣装のせいもありますよね。長いメヒコスカート、あれ穿いてるだけで他の人達とは比較にならない程すごい踊りに見えますもん」
「ちょっとお京、えりこさんのデモが良かったのは衣装のせいだって言うの?」
 尚美が明らかに怒りを込めた目で京に噛みついた。大人しいこの子にしては珍しい。
「衣装のせいも、ある、って言ったのよ。いくらえりこさんが上手く踊ってもあのスカートが無きゃ上手いってことすらよくわからないでしょ」
「わかるわよ! あなた見る目無いんじゃない?」
「あら尚ちゃんも指導部志望だったの? あ・の・尚ちゃんに私の踊りを見る目云々言われるとは思わなかった」
「なんですって」
 尚美は真っ赤になって京を睨み、もうそれ以上言葉を継げずに突っ立っている。この子がこんなに怒るのは、尚美が1女で一番運動神経が鈍いという実感を本人も含め皆共通認識として持っていて、それを意地悪く指摘されたからだ。それは、普段別に馬鹿にしたりからかったりしている訳じゃないんだけど、一年生皆ができるようになったツーステップターンを彼女一人だけ回る事ができずに、カップルを組んでいる上級生と隣のカップルをも巻き込んで派手にすっ転んで、周りは尚ちゃんはあいかわらず尚ちゃんだなあと心の中で思いつつ温かく見守っている感じの、あれだ。愛すべきドジっ娘。それを本人がこんなに気にしているとはえりこも知らなかったが。
「ちょっとお京ちゃん、そういう言い方しなくてもいいんじゃない?」
さすがにえりこも注意したが、お京は涼しい顔だ。
「あら私は別に尚ちゃんの踊りをどうこう言ったわけじゃないですよ? えりこさんの話をしてるんです」
「あ、そう……」
 えりこは口喧嘩がからきし弱い。強くこうだと言われればあ、そうですかと引き下がってしまう。情けない。でも下手にあんたこういうつもりでこう言ったんでしょなんて言葉に出してしまうとえりこの口から尚美は下手だという意味合いの発言をすることになってしまうので、ここはもう追及するべきではない。
「ね、仲良くやろうよ。その、楽しく踊るのがフォークダンスの目的だし、私達仲間なんだし、そりゃ上手く踊れるって素敵だけど、批判し合うような厳しい雰囲気のサークルじゃないんだし。私にいろいろ指摘してくれるのはそれはそれでありがたいけど……」
その場しのぎだがそうとだけ言っておいた。
 しかし、えりこのメヒコに関する指摘に関しては、京の言った事もあながち間違っていないと思う。キャバリートは確かに長いメヒコスカートが無ければ遠目に何をしているのかわからないところが有る。スカート振りの無い男子は、手を後ろでずっと組んでいるのとつなぎ部分で手足を打ち付ける他はほとんど女子と同じで、その足の動きだけ見ていてもよっぽど上手い人でないと正直あんまり面白くはない。見栄えがしないというか、どうしても派手な女子のスカートに目が行ってしまう。女子の大きなスカートが踊りに不可欠であるばかりか、このスカートも民族舞踊の一部であるとも言える。いや男子の大きな麦わら帽子ソンブレロもだ。あれも踊りに使うことがある。つまり、スカート捌きで人の心を動かすのだとしたら、いや単に原色のスカートが似合っていると人に思わせたらその段階で、或る意味その人はフォークダンスを上手くしていると言ってもいいとえりこは思う。だから京に衣装のせいでえりこの踊りが素敵に見えたと言われたのならそれも一つの勲章だ。普段は現代風イラストの入ったてきとーなTシャツに長いメヒコスカートを合わせて練習していたが、コールの時はデコルテの開いた、首回りに頸飾りのように刺繍の施されたブラウスを着る。頭には真っ赤な造花を付けて、メイクもいつもより濃くする。小麦色とは程遠い生っ白い肌だが黒い髪はそれなりにそれらしく精悍で神秘的な表情を演出してくれる。えりこがメキシコ女に変身する瞬間だ。皆えりこの赤い口紅にうっとり目がくらんで、非日常の世界に自分達はいるのだと感じる。そして音楽が始まる。黄色い中心角720度のスカートが曲に合わせて徐々に広がって、リズミカルにぐる、ぐる、ぐる、と回る。波打ち回転するスカート、埃っぽい地面を威勢よくタンタンと踏むダンスシューズの踵、男子の頭から真後ろへ落っこちて紐できゅっと喉を締めるように引っ掛かるソンブレロ。思い出すだけでぎらつく太陽とサボテンの匂い、乾燥した空気を感じ、喉の渇きを覚える。しかしその中にあっても何故か優雅なヨーロッパの空気と、土壁の中の穏やかな日陰を思わせるメロディ。全て想像の中のメキシコだけれどえりこにはそういった光景があの踊りの向こうに思い起こされて仕方がなかった。
 そういうパフォーマンスという意味合いでの評価がえりこの場合大部分を占めているということは自覚している。1年生にもそれがうけているのだ。そのことを京が見破っているのかどうか定かではないが、彼女は痛い所を突いて来たのかもしれない。堂々と技術のみで勝負している植津と比べて欠けている物がえりこには有ると。えりこが例の「勲章」に甘んじている間に彼らは動いている。植津を指導部長にしようと。のんきなえりこも少し焦りを感じた。

「仲良くやりましょう、というのは私も賛成なんですよ」
京がにこやかに言った。
「でも、楽しく踊るのだけを重視するのはどうかなってあたし思うんです、やっぱり技術っていうのは競い合ってこそ磨かれていくものじゃないですか」
「ほー……」
「でね、えりこさん、私達、競争してみませんか?」
「はい?」
「今度の全日本ラウンドダンス選手権、えりこさん出るんでしょう?」
「うん、そのつもりではいたけど……でもさ、ううん」
「だってお京ちゃん」
狩野メイコが横から口を出した。
「植津先輩も出るんでしょ? 何でお京ちゃんとえりこさんが競うの?」
「あら、あたしじゃなくて」
京はチラと横に目をやって、
「花音がね、出たいって」
「え、花音ちゃん……? なの?」

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written by Nanori Hikitsu 2013
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