ラウンドの女王編p25

一言二言瞳さんから立ち位置の注意が有って、OKだから後は二人で細かい事打ち合わせるんだったら打ち合わせてね、でコール練チェックはあっけなく終わった。
「えりこちゃん、近藤、お疲れ。明日頑張ってね」
 おっと遊行さんが優しい笑顔で二人の頭をポポンと撫でて通り過ぎ、大野の指導部長の所へ行ってしまった。あははと近藤と二人で笑っていると、ふと壁際に、1女の京と花音がいてじっとえりこを見ていることに気付き、えりこは酔いが醒めたように冷静になった。
 ……何? 一体何? 今度は二人して!
 1女の二人がえりこの方を見ながらひそひそ何か話しているのは気になったけれど、近藤とキャバリート・ブランコのコール説明の部分を確認しあっていたので彼らにばかり注意を払っている訳にはいかず、しばらくそちらに目をやらない間に二人はどこかに行ってしまった。えりこはまた何かされるんじゃないかと内心嫌な気持ちにはなったが、別に今何か言われた訳じゃないし、彼らに悪意を向けるのは間違っているとすぐ思い直した。えりこを見ていただけだ。逆に褒めてくれていたのかもしれないし、と考えるのはちょっとポジティブ過ぎるけれど。
 コール練が全て終わったらもう21時半だった。合宿中ということを考えると決して遅い時間ではないが、華栄まで一人で歌子姫を訪ねて行くには少し遅い気がした。合宿は今日が終われば明日が最終夜で、明後日の昼には東京に帰るのだ。寂しいな、とえりこは思った。いろいろあったようにも思うけれどあっという間だ。

 お風呂から上がって来たらしい尚美と狩野メイコが、乾ききっていない髪をなびかせてえりこの方に走って来ると、ふっとシャンプーの香りが押し寄せた。花の香りは良いものだ。無邪気な女の子達が一層輝いて見える。えりこは何だか今すぐ風呂場へ行って髪を洗いたいような気持になった。
 二人に声をかけようかと思ったその時、体育館の扉が開いて、中を覗き込んだ人がいた。S大の春木氏じゃないか。歌子姫と一緒かな? とえりこがそちらを向くと、春木氏もすぐえりこに気付いてこっちに来た。
「えりこちゃんこんばんは」
「こんばんは。この間はどうも」
えりこが春木氏にぺこりと頭を下げると、尚美とメイコは数歩離れたところに立ち止って不思議そうな顔をしていた。まあ、合宿によその大学の人が来るのは福徳、大野の場合珍しい事だから仕方が無い。
「歌子姫、こっちに来てない?」
「え? 歌子さんとは今日は会ってませんけど……だれか会った?」
「いいえ」
 尚美とメイコはまあ、お風呂に入っていたんだし。
「歌子さんどうかしたんですか?」
「うーん。何か、体育館を飛び出して行っちゃって、宿にもいないみたいだし、多分えりこちゃんに会いに行ったんだろうって、皆様子を見ることにしたんだけど」
「え? 飛び出して行ったのに誰も追いかけなくて心配もしないんですか?」
えりこは自分では怒りを意識しなかったが彼のその言い草に声が震えてしまった。春木氏は頭をかきながら、
「ご指摘はごもっともなんだけど、何て言うかまあ、ああいう子だから、度々あるんだよ。で、我々は慌てて散々大騒ぎしたのに本人はいつのまにか結局部屋なんかにいて、次の日にはけろっとした顔で出て来る。心配して話しかけても業務以外の事は完全無視。彼女の機嫌に合わせてたらこっちが持たないよ」
「でも……彼女が出て行っちゃうような事が何か有ったんじゃないですか?」
「そりゃそうだね。でもああいう子だから」
「ああいう子って……」
言いながらえりこは、そういえば自分は歌子姫がどういう子なのか全くわかっていないんだということに気付いた。サークルの中で浮いていて、友達がいなくて、ちょっと怒りっぽくて、でも仲良くなると人懐こい子。しかし、えりこは本当に歌子姫と仲良くなったんだろうか。彼女の一面だけを見てわかったような気になって、実は何も知らない。彼女が同期達に向けた刃を同じくえりこに向けて来ないともわからない。彼女に特別扱いされるような覚えはえりこには無いのだ。

 えりこは立ち上がって、ずっと体育館にいた指導部や隅で踊っている2年生、バスケをしている1男にも聞いて回ったが、誰も歌子姫に会った人はいなかった。でも……えりこはさっきの仲さんの話を思い出す。あれが歌子姫だとしたら、まだこの近くにいるんだろうか。
 えりこは体育館を出て外を探すことにした。
「いいよ、えりこちゃん。僕が探すから帰りな?」
「でも歌子さんここへ来たんだとしたら、私に会いに来てくれたのかもしれないし」
言いながらえりこは、メヒコスカートを穿いたまま出て来てしまったのに気付き、失敗したと思った。メヒコスカートは踊る時ぶんぶん振り回すので、中が見えてしまわないよう下にはいつものフォークダンス練習用スカートをちゃんと穿いている。メヒコだけ体育館に置いて来ればよかった。田舎の畦道なので人に見られることは無いがまあ、派手でボリュームの有る異国のロングスカートをTシャツの下に着て出歩くのはあまり格好がよろしくない。それに暑くて重い。ポーランドやハンガリーの民族衣装姿で大学の隣のコンビニに買い物に行くくらいならえりこ位のいわゆる猛者なら慣れていて何でもないことだが、さすがのえりこもメヒコスカートで野外を出歩いた事は無かった……。

 あたりまえだが外は暗い。いつもなら夜でもムシムシしているように思った空気も、今日は少しだけひんやりして、それだけでいつもと気分が全く違う。えりこはちょっと心細くなってしまって、春木氏がついて来てくれて良かったように思った。でも一体どこを探したらいいのかわからない。川の方? そんな所まで二人だけで……いや待てよ。若い男と二人きり夜に出歩くなんて、いくら非常時でもまずくないか? そう思って春木さんを見ると彼も同じ事を思ったんだろう、一旦体育館へ引き返そう、と言った。何か、慌てていたとはいえ間抜けだ。
 戻ってみると体育館の入り口に酔っ払った1男、柳沢と岩木がいた。飲み会を抜け出してきたのか。
「あれ、えりこさん」
「あ、ちょっと誰か、暇だったらついて来てよ。あんまり大事にしたくないんだけどさ」
「どこ行くんですか。S大ですか?」
「うーん。まあそっちも行くかもしれないけど、川とか」
「俺たち三年を呼びに来たんですよー。四年生に言われて。俺たちすぐ宿に帰らないと」
岩木はかなり酔っていて、様子がおかしい。こんな奴連れ歩くのは嫌だ。柳沢の方はまだ何とかなりそう。
「ね、人探しなの。柳沢くんちょっとだけ抜けられない?」
柳沢はいつものぼーっとした顔でえりこと、そして春木氏をしばらく見比べてから、いいですよ、と言った。

 えりこは体育館にメヒコスカートを置いて再び外に戻って来た。その間春木さんは柳沢に歌子姫がいなくなったことだけ説明したようだった。だがえりこも詳しい話を全く聞いていなくて、とりあえず説明を求める。三人で川の方へ歩きながら、春木さんはやっと口を開いた。

「歌子姫さ、華栄の部長と大喧嘩しててさ。顔合わせるといつも言い争いになっちゃって。例会運営に支障が出るくらいなんだよ。でも指導副部長がよくできた子で、いつもなんとか歌子ちゃん宥めてかろうじてやってこられたんだ。歌子ちゃんも指導副のこと内心頼ってたみたいで、彼女には少し素直なとこも見せてたんだ。だけど、指導副の彼女、実はS大三年の部長、こっちも女の子なんだけど、彼女と個人的に仲良くて、姉妹みたいな? 公認の仲というか」
 雲行きが怪しくなってきた。姉妹みたいな公認の仲って。えりこは激しく突っ込みを入れたかったが黙って聞いていた。
「そのS大部長が歌子姫と指導副の仲を裂こうとしてるのがわかって、歌子ちゃん大激怒だよ」
 えりこは突然S大華栄のドロドロの内情を知って非常に戸惑った。いや、言えと言ったのはえりこなのだが。
「それでもって、S大部長が華栄の部長の肩持っちゃって、そしたら指導副も立場上そっちにつかざるをえなくて、歌子ちゃんは孤立。だーれも歌子ちゃんの味方になってくれなくて、とうとう体育館飛び出しちゃったってわけ」
女ってのはまったく、と春木氏が困ったように呟いた。
 ……。えりこは何と言っていいかわからず黙っていた。それはそれは、お気の毒というか。皆して子供っぽいというか。だけど、歌子姫はその指導副の事好きだったのか。別にえりこには関係の無いことなので気にする必要は無いのだが、でも……気になってしまう。歌子姫にそこまで好きな人がいた。いや! それより今は歌子姫の行方を追わなければ。
 ……彼女、傷付いているんだろうなあと思うとえりこも憐憫の情を……って言ったら大袈裟だけど少し可哀相に感じてしまう。あのプライドの高そうな歌子姫が……。
 だけどそのプライドの高さで華栄の部長と対立して、春木さんに噛みついてたみたいに本気で怒って大人げなく不機嫌になっていたとしたら、身から出たサビなんじゃなかろうか、とも思う。えりこから見たら可愛げはあるんだけど、いつも一緒にいると本当疲れそうだ。たまに会うくらいが丁度いい……彼女にはいい所がたくさん有るし。でも、それはちょっと薄情な気がした。いい所も悪い所も全部含めて歌子姫なのだ。その歌子姫がもしえりこを頼って来てくれたのだとしたら、放っておけないではないか。

「つまりあんまり人望無いんですか、歌子姫」
 いることをすっかり忘れていたが柳沢がえりこのうしろを歩きながら口出ししてきた。
「ああ、まあそういうことになるかもね」
 柳沢の結構失礼な質問にも気分を害することなく春木氏が言った。
「でも、えりこちゃんは知ってると思うけど、それでも歌子ちゃんはいい子だよ。思いやりが無い訳じゃないないし、言い方はきついけどいつも正直で、強い人におもねっておべっか使ったりしない。自分が間違ってたと思ったら素直にごめんなさいって言うし。まあ何せきっついからね。そういう子誰だって苦手だよね」
 春木氏は特に感情を込めたりせず淡々と自分の思う歌子姫の像を語った。ひょっとして春木さん、歌子姫のこと好きなのかな? えりこは急にそう思った。それを他人にも確認したくて柳沢の顔を見るが、駄目だ。男は。こういう時こっちの意思がさっぱり伝わらない。
 程なくして河原に着いた。当たり前だが随分暗い。バーベキューの時は昼間だったからこんなに街灯の無い場所とは気付かなかったが、バーベキュー場に一か所灯りがともっている他は真っ暗で、人がいたとしても全く見えない。ああこんなに暗いなら宿で懐中電灯を借りて来ればよかったのだが、それにしてもこんな所に歌子姫がいるようには思えなかった。でも他にどこへ? えりこは焦った。探す場所なんて他にどこも思いつかなかったのだ。どこかで怖い思いをしてるんじゃないか。酒飲んでぶっ倒れてる場合じゃなかった。早く華栄に行ってあげていれば……えりこはそんな風に思って、
「どうしよう柳沢くん」
「まだ10時前だし、他の奴ら呼んできて手分けして探しましょう。大丈夫ですよ」
「大丈夫って……未成年の女の子なんだよ。人気の無い所で変な人に襲われたり……」
「大丈夫ですよ」
 随分と気軽に根拠の無い気休めを言ってくれるものだが、えりこはそう言われると何故だか少し落ち着いた。そうだ田舎だから都会の暗闇程には危険じゃないと思うしとにかく探さなきゃ。闇の不気味さは都会の比ではないけれども。そう…そう思うと。魑魅魍魎狐狸妖怪山精木魅の類の今にも足下を掬ってきそうな恐ろしさが水辺の夜気の冷たさと共にえりこの心を襲った。闇の中で見えない川の流れる音をいつまでも聞いているとおかしくなりそう。闇に魅入られる、てこういうのかしら。へらへら笑いだしそうになって、さっと青ざめる。自分で掴んでいる二の腕の、骨の髄がずきっと痛んだ。

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written by Nanori Hikitsu 2013
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