ラウンドの女王編p22

「で、るりあちゃんに聞きたいことがあるんだけど」
「はい?」
「ずばり聞くけど、私が遊行さんと消えたって言ったの、誰?」
「は? え?」
 あまりにも唐突でストレートな質問だったので、この子もそう来ると予想していなかったのか、はたまたこの子が言った張本人なのか、るりあは目を見開いている。見るといつも細い目でぼんやりしている柳沢まで目を丸くしている。やばい。この男の前で言うんじゃなかった。しかし後の祭りだ。
「何すかそれ。えりこさん遊行さんとそういう関係だったんですか」
「あ、いや、そうじゃなくてね……」
「ヤバくないですか? 遊行さんて世羅先輩と付き合ってるんですよね」
「あー……違うんだってば」
「えりこさんがそういうことする人とは思わなかったです」
「ちょっと聞いてよ!」
 普段声が小さくて人にわーわー言われると対抗できないえりこだが、柳沢があんまり一方的なのでつい声を荒げた。
「嘘なの! 中傷されたの! 事実無根!」
叫んでからさすがに今の声は周囲に丸聞こえだったんじゃないかとえりこは慌てた。近くにいた子供がこっちを見ていた。えりこは作り笑いをして誤魔化したが子供にそんなのが通用するとは思えない。不審そうにじろじろえりこを見ていたが、ぷいと向こうを向いて行ってしまった。
「あ、そうですか。そうですよね……えりこさんがまさか」
「ちょっと柳沢」
るりあが落ち着いた声で言った。
「浮気疑惑で全て女が悪いって思うのはよしなよ」
いや何を言い出すんだるりあは。事実無根だと言ってるのに。
「いや別に俺は、全部えりこさんが悪いって思った訳じゃないよ……」
 言いたいこと全部言えばいいのに、柳沢はこういう話は嫌なのか歯切れが悪い。そりゃえりこだってこんな話好きじゃない。
「それに既婚者の不倫ならともかく、私達独身の学生じゃない。恋愛の揉め事はよく有る事でしょ」
「あの、恋愛の揉め事は今回どこにも無かったんだからね?」
えりこは小声で行ってみたが、誰も相手にしてくれなかった。論点がずれてると言うに。
「結婚してないからと言って略奪とか浮気とか平気でする奴、俺は嫌だな。付きあいましょう、って言った時からある種裏切りません、浮気しませんってお互い約束したようなものだと思うけど」
「そりゃ平気で浮気とかは無しだと思うけど、恋愛は自由でしょ。人の心は変わるものだわ。変わる方が自然なのよ。結婚とか婚約してたら慰謝料取れるけど、自由恋愛の近いを反故にしたからといって慰謝料は取れないじゃない」
「女って淡白だよね……」
「何よそれ」
 柳沢と高槻るりあが空のコップを掴んだまま何やら話しこんでいるので、えりこはそっとバーベキューに戻ってビール瓶と残り僅かなウーロン茶のボトルを持ってまた河原へ戻った。あー何かつまみも要るかなと再び引き返しかけた所で捕まった。
「あーすみませんえりこさん」
「あの、何かお菓子の袋……」
「いいですいいです、俺が行きます」
柳沢がさっと取って来てくれて、えりこはるりあに石の上に座らされた。
「でさ、盛り上がってるところ悪いけど、さっきの質問に戻っていい? 1女の誰かがゆうべお風呂の脱衣所で他の子達に、変な噂流したみたいなんだけど」
「え、私知りませんけど」
るりあはまた不思議そうな顔をした。
「あ、私のぼせて一番先にお風呂上がって部屋に帰っちゃったから……チヨコも私の次にすぐ出て来たみたいです。その後のことは知らないです。あの後皆で話してたんですかね。他の子達なかなか戻って来なかったです。でもその後は誰も何も言ってなかったから、私はその噂今えりこさんに聞いたのが初めてです」
「あ、そう……」
「私他の子達に聞いてきましょうか?」
るりあが今にも立ち上がって行きそうになったので、えりこは慌てて止めた。
「いいよ。何か部の空気が微妙になりそうだし」
るりあと柳沢は顔を見合わせた。
「ちょっと待って下さいよ。えりこさんを中傷するような噂流したんですよね? 俺はちょっと気になりますね」
さっきはえりこに疑いをかけてその辺流しそうになったくせに柳沢は言う。
「うん……えりこさんが先輩としていろいろ心配して下さってるのはわかるけど、何でその子がそんなことしたのか、ちゃんと聞いた方がいいんじゃないですか?」
「あ、でもねホラ、その子の見間違いかもしれないし。その子に悪意が有ったとは限らないじゃない。もしそうなら私が責めたみたいで、その子の立場が」
「いやだったら逆に、あ、そっか、勘違いだったんだね、で済むんだからいいんじゃないですか?」
うん、でもとえりこがうじうじ言っていたら、るりあがついに切れた。
「あーもう。えりこさんはいつもハッキリしないんだから! 私いつもイライラしてたんです」
「えっそうなの……?」
えりこはびっくりしたが、そんなこと言われてえっそうなのなんて返事も無いだろうと自分でも思った。
「そうですよ! 指導部長のことだって、植津さんみたいにはっきり言えばいいのに、いつも何かしら考えてるんでしょうけど、曖昧に話逸らしちゃったりして! それじゃあ誰もついてきませんよ!」
「るりあ、言い過ぎだって」
柳沢が止めた。るりあはすみません、と不機嫌そうに言って黙り、自分でビールを注いで飲んだ。
「うん、ごめんね」
えりこは妙に素直な気持ちになって謝った。
「本当は、聞くのが怖かったのかも。うん。そうかも。本当に悪意が無かったのならいいけど、もし悪意が会って、私を陥れようとしている1女がいるって現実を突きつけられたら、私つらくてサークル続けられないよ。私実は臆病なのかも。自分でも気付かなかったけど。イライラさせてごめん」
「えりこさん……」
 そうなんだ。自分を誤魔化しているところが確かに有った。中傷されても平気、人に好かれなくても全く気にしないなんて、嘘だ。人に執着しない淡白なところも、裏返せば傷付けられるのが怖くて一歩引いているだけなのかもしれない。いやそれだけとは絶対言えないし人とベタベタ付き合うのが嫌いなのも本当だけれど、そうでない部分も有る。人って本当に複雑だ。
「……わかりました」
唐突に柳沢が口を開いた。
「俺何とかします」
え? とえりこはつい聞き返してしまった。
「俺が1女から聞き出して、その子が二度とえりこさんに手を出さないよう説得してみます」
「はあ? あんたが?」
るりあが、決して馬鹿にした口調ではないのだが信じられないとでも言いたそうな声で言った。
「やめときなよ。ややこしいことになるから。第三者が何かしたら逆にえりこさんが不利になりそう。それにこれは多分――大野の問題だと思う」
 るりあは多くを語らなかったが察しのいい柳沢のことだからその言葉を聞いただけで言いたいことがわかったのだろう。頭を掻いてるりあの方に向き直った。
「男の出る幕じゃない、って感じ?」
「うん。多分」
「ふうん……」
 二人のやり取りがよくわからなくて、えりこは息を詰めてキョロキョロしていた。そんなえりこの手をるりあはぎゅっと握って強く振った。
「だから、ね、えりこさんここは強気に出て、今すぐにでも私指導部長やります宣言をするか、違う役職に立候補するか、早く決めちゃった方がいいですよ」
「な、何の話?」
「だから、えりこさんがどっちつかずでハッキリしないからつけ込まれるんですよ」
「え、私が指導部長になるのを反対してる子達が妨害しようとして変な噂を流した、ってるりあちゃんは思ってるの?」
「まあそれが一番考えられる線だと思いますけど?」
「ってことはお京ちゃんが私を……」
 再びえりこは不安になった。特定されるとやっぱりリアル過ぎて嫌だな。植津派らしいとはいえ今もバーベキューでえりこと同じ班で、普段から親しくしていた子が。駅まで一緒に帰ることも有ったし、部室で一緒にお昼を食べることも有った。あああ私はこれから何を信じれば。うろたえるえりこをるりあは静かに諭す。
「落ち着いて下さいえりこさん。まだ決まった訳じゃありませんから。それにえりこさんが堂々としてさえいれば悪意の有る子だってすぐ黙りますよ。悪意には敵意じゃなくて、寛容で。上に立つ人はそうでないと」
 いやつくづく自分にはリーダーの素質というものが無いんだなとえりこは驚かされる。それに比べてるりあのこの落ち着きようは。下級生とは思えない。
「それからもう一つ私の知ってること」
「知ってること?」
「はい。お京は多分、自分が将来指導部長になりたいんですよ。吉乃さんって上手いな、あんな風に踊りを指導する立場に憧れるって、前からしきりに言ってました。植津さんに付いて、自分の代までラインを繋げたいんじゃないでしょうか。えりこさんは吉乃さんには可愛がられてるけど指導部的に受けのいいタイプじゃないと見て、彼女えりこさんを見切ったんだと思います。最近植津さんに対して馴れ馴れしい。前はえりこさんについて回ってたのに」
「るりあ……おまえ怖いな」
黙って聞いていることにしていた様子の柳沢が思わず彼女の観察眼を讃えた。……のだと思う。多分。
 しかしお京ちゃんか。正直、目を付けていなかった。下手とか上手いとかいう目でも見ていないし、というかえりこは凡人なのでよっぽどでないと普通仲間の事をそんな目で見ない。吉乃さんや歌子姫のような人はよっぽど上手いのだ。

「あ、皆焼きそば焼いてる。できたのかな」
るりあが立ち上がった。
「私三人分貰ってきます」
 柳沢と二人で取り残されて、えりこは戸惑った。嫌だな、弱味見せちゃったし。でもこれは大野の問題だから柳沢は構わないでいてくれるかなと思いながら黙っていたら、彼はボソリと言った。
「えりこさんてさ……」
「はい?」
思わず敬語になってしまった。
「俺もるりあも、何かほっとけないんですよね。それでつい煩い事言っちゃって、すみません」
「え、やだなあ……」
えりこは更に戸惑った。柳沢はちょっと人付き合いが上手くてちゃっかりした所は有るけど基本人にこんな風に構ってくる人じゃないと思っていた。話してみると案外クールでもないし軽くもない。ちゃんと話してみないと人ってわからないものだと勉強になった。
「なんか、ありがとうね、いろいろ心配してくれて」
「でも本当は煩く構って欲しくないでしょ?」
「う、うん、その……」
えりこは口ごもった。まあその通りだ。だけど高槻るりあと柳沢の好意は確かに嫌じゃない。嫌じゃないなんて言い方は高慢か。煩いけど、ありがたい……という言い方だと形だけ感謝して見せてるだけみたいだし。嫌だけどもっと構って……って新種のツンデレか。何て気持ちを表現しようとうんうん悩んでいると、
「京ちゃん達を悪い子とは俺思ったこと無いですけど、るりあはいい奴だと思いますよ。俺は頼りにならないと思いますけど、あいつはしっかりしてるし。一人くらい後輩味方にしといたらいいんじゃないですか」
柳沢が言う。
「味方にって、そんな利用するようなこと私したくないよ。付き合うなら普通に仲間として仲良くする」
「いいんじゃないですか、それで」
柳沢はポップコーンをぽんぽん口に放り込んで、
「俺たち後輩とももっと仲良くしてやって下さいよ」
「あ、うん。そうだね、後輩とも……」
言いながらえりこはちょっと恥ずかしくなった。俺たち後輩って。柳沢が暗に自分とも仲良くしてくれと言ってるのかなと変な解釈が頭に浮かんでしまって。まあいいか。

 それから柳沢と、フォークダンスは風営法に引っ掛かるのか、合宿所が金取ってオールナイトでフォークダンスを踊らせるのはもしかして警察の判断によって規制対象になってしまうんじゃないかとかいうことを話していると、るりあが焼きそば三人分、一つの紙皿に盛って持って来てくれて、三人で仲良く食べた。いや一つの皿のものを三人でってかなり食べづらかったが。食べながら雑談をした。同じ釜の飯を食うって表現が有るけれど、確かに合宿を経験するとサークルもぐっと団結力を強めるとえりこも思う。ちょっと前まで他人のようによそよそしく接していた高槻るりあや柳沢と、今や何故か風営法の話で盛り上がっている。これはすごい。

 風営法とは昭和23年に施行された法律で、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律のこと。風俗営業に関する規制なのだが、戦後ダンスホールで売春が行われていたことを背景に「ダンス」全般がその対象になっている。

「第二条  この法律において「風俗営業」とは、次の各号のいずれかに該当する営業をいう。
(中略)
四  ダンスホールその他設備を設けて客にダンスをさせる営業(第一号若しくは前号に該当する営業又は客にダンスを教授するための営業のうちダンスを教授する者(政令で定めるダンスの教授に関する講習を受けその課程を修了した者その他ダンスを正規に教授する能力を有する者として政令で定める者に限る。)が客にダンスを教授する場合にのみ客にダンスをさせる営業を除く。)」

 この「ダンス」には明確な定義が無いが、警察の見解ではヒップホップや盆踊りなどの「一人で踊る(この場合、ホールドを組まない、という意味で、複数の人がフリーハンドで一緒に踊ることも一人で踊ることに含まれる)」踊りに関しては対象外とされている。社交ダンスやサルサダンスなどの男女が組んで踊るものに関しては正規のダンス教室であっても規制対象となるので教室の深夜営業ができないなどの制限が有る。以前は警察の目も甘かったが2010年頃からどういうわけか無許可のクラブ(DJが音楽を流して客が踊る商業施設)の摘発が相次いでいる。
 クローズドポジションをとったり連手したりするフォークダンスも「一人で踊る踊り」ではない。体育館を所有する合宿施設が、宿泊代や食事代や体育館使用料を取っておいて夜中に客にフォークダンスをさせるのがこの場合風営法の規制の対象に入るんじゃないか。福徳大・大野女子大では合宿最終夜にオールナイトパーティをする習慣があるので。体育館はいろんな団体が借りる普通の体育館なので「ダンスホール」ではないがダンスのできる「その他施設」にはなる。風俗営業とみなされないとは言えない。そういうことをえりこ達学生は危惧しているのだ。
 まあ常識的に考えてダンス部の合宿に警察が踏み込んでくるなんてありえないとは思うけれど、そういう理屈が通ってしまわないか実は皆ちょっと気になっている。まさかね、と言いつつ……。怖い世の中だ。
 それはともかく、えりこにまつわる変な中傷事件から始まったのではあるが、こんな風に後輩たちと仲良くなれたのはやはり合宿というイベントの持つ空気のお陰であろう。やっぱりこの二人はいい子達だとえりこは思う。先輩としてもっとしっかりせねば。

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written by Nanori Hikitsu 2013
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