ラウンドの女王編p18

「えっと、そうだ。えりこさんてどんな生徒だったんですか」
「何、さっきの話?」
「将来の夢とか」
「夢――?」
「第一志望どこだったんですか」
「それは別に……今更どこだっていいけど」
「あ、そうですか」
「でも私勉強ばっかしてた。部活なんてやったことなくて」
えりこはちょっと話しすぎてるかなと思って、ちょっと黙った。だが、
「大学デビューですか」
「何それ。今も私目立たない方でしょ」
「そうでもないです」
「ん? まあでも高校までは眼鏡で、小学校からずっとクラス委員なんてやってて。ずーっと図書館で本読んでて。いつも一人だったかな」
今は印象を変えようとコンタクトにして、しかめっ面もやめたし、サークルに入って友達も増えて……って、何でこんなこと柳沢に話しちゃったかなーとえりこは急に恥ずかしくなった。歌子姫にはちょっとだけ自然に話したのだけれど。
「もう、こんな話、面白くないでしょ」
「そんなことないですよ。皆えりこさんのこともっと知りたいんですよ」
「そ、そう?」
「複雑な顔っすね」
「うーん……あんまり人に知って欲しいと思ってなかったし」
「へえ」
柳沢が興味深そうな顔をした。何だろうこの反応は。えりこは缶の底を天井まで向けて、ジュースを飲み切った。彼には悪いがこれ以上しゃべってるとまた余計なことを言ってしまいそうで、しゃべるのをやめることにしたのだ。
「じゃ、私はこれで。ジュースごちそうさま」
「洗濯物は?」
「終わる頃取りに来る」
「何かすいません」
「え?」
「あんまり過去のこととか触れて欲しくなかったのかなーと。しつこく聞いてごめんなさい」
「あ、ごめん……」
えりこはまたやってしまった、と後悔した。気持ちを伝えるのは昔から苦手だった。黙っていれば伝わらないし、頑張って言おうとすれば相手に謝らせることになってしまう。
「久しぶりにこんなに話したから……同期にもあんまり自分のこととか話さないし。嫌だったんじゃなくて、その……あの……」
「あーならよかったっす」
「ん?」
「嫌じゃなかったら、それでいいです。あの、大会のこと、よろしくご検討願います」
「うん、わかった。じゃお先に」
「はい」
考えてみたら柳沢は洗濯していたえりこにつきあってあそこにいただけだし、出て来るなら一緒に出て来てもよかったのだ。やっぱりえりこは不器用だった。せっかく親切にしてもらったのになあ。

 柳沢と話した内容じゃなくて、変な感じで切り上げてしまって雰囲気を壊したことに落ち込んで、えりこはトボトボ宿の建物内に戻った。洗濯室は離れに有ったのだ。
 玄関には2男の白井と富田がいて二人で何か喋っていた。
「あれ」
「あれ、えりこどこにいたの?」
「あー洗濯」
「ふーん。ところでさ。ちょっといい?」
「いいけど」
「こないだ葵さんが言ってたあれ、出るんだって?」
「はいはい。ラウンド選手権ね」
何度も聞かされるので葵さんのあれ、ですぐわかるようになってしまった。
「そうそれ、俺と組まない?」
「いやちょっと待ってよ。是非僕と」
「ちょっと……いきなりどうしたの? 一体何事?」
こんな立て続けに誘われるとさすがに気持ち悪い。
「私出るともまだ決めてなくて」
「出ようよ」
「うん、えりこちゃんは出るべきだと思う」
「え、私誘うんだったら植津ちゃんの方がいいんじゃない? 上手いし」
「俺達もさ、植津が出るからパートナー探してるって聞いてさ。誘ってみたんだよ。そしたらあいつ何て言ったと思う?」
白井はやや怒り気味で腕組みをした。
「私は勝ちたいの。あんた達じゃ駄目」
「いやいや白井。そこまでは言ってないだろ」
だがいつも穏やかな富田も少々表情を曇らせていた。
「いいやあいつは結局そうなんだよ。そう言われたらさ。鼻を明かしてやりたくなってさ。俺も上手い相手を探して、絶対あいつに勝つ。そう思ってたら、三年生がえりこが出るらしいって話してたから」
それをこの2男二人が話しているのを、柳沢が耳にしたというわけか。
「僕はそんなに勝ち負けに拘ってなかったけど、ラウンドは僕の得意分野だから」
そう、富田は男子にしては珍しくラウンド好きで知られていて、植津が選ぶとしたらこいつかなと思っていたのだ。なのに彼女、こいつすら蹴ってしまったのか。白井はまあただの出たがりなんだけど。
「頼むえりこ。ラウンドの女王だろ。全国の頂点目指そうぜ」
「そうそう。正直僕はえりこちゃん植津ちゃんより上手いと思うよ」
「やだなー。私が植津ちゃんより上手いわけないじゃん」
「いや、最近2男の意見は一致しつつある。もともとラウンドだけは上手いと思っていたが夏の強化練に入って以来のおまえはルーマニアもブルガリアも目覚ましい上達を遂げている。これからももっと伸びる」
え、偉そうに白井のやつ。
「丁度歌子姫と会ってからだよね……」
「え?」
「俺もそう思う。その頃からおまえの踊り変わったよ。多分三年生もそう思ってる。おまえ指導部長も夢じゃないんじゃない?」
「ええっ?」
えりこはびっくりした。指導部長……まさか人に少しでも認められるようになるとは思わなかった。選挙はほぼ当選の決まった信任投票とはいえ、こいつは指導部長にふさわしくないと思われたら無記名投票で×をつけられる。×が多ければ当然落選。まあ落選なんてそんな例は近年聞かないけれど、無事指導部長になれたとしても部員の誰かがえりこにバツをつけて「ふさわしくない」と思っていることを知った状態で一年役職を務めるのはつらすぎる。皆にこの人は上手い、指導部長にふさわしいと思ってもらえるのが理想的だ。もちろん、サークルで一番上手くなくても指導部長として強い意志や信念を持ち人一倍努力してサークルに貢献する姿勢を認められるというのが本当のあるべき姿だと思うけれど、なんにしろ上手いに越したことはないのだ。わかりやすいから。ちなみにこの役員選挙、大野女子大と福徳大はそれぞれ別の組織でそれぞれに役員がいるので、福徳の白井と富田がえりこに投票できるわけではない。大野は大野、福徳は福徳で話し合って決めるのだ。

「だからさ、一緒に植津を倒そうぜ」
「は?」
またしてもえりこは訳がわからなくなった。
「あいつちょっと上手いからって偉そうにしてさあ」
「まあ僕も彼女が上手いってことは認めるけどね、でも上手いだけがフォークダンスじゃないと思う」
「う、うん……」
白井の言ってることはよくわからないが富田の言いたいことはちょっとわかる気がする。多分、植津の目指すフォークダンスと皆が好きだと思ってるフォークダンスはちょっと違うのだ。植津は全て完璧にやりたいと、理想を追い過ぎているのだ。勝気な子だし。だけどその彼女を見返す為に彼女と戦って勝って、それでどうするのだ。そもそもフォークダンスは戦いじゃない。むしろ皆で仲良くするためのものだ。ああラウンド大会主催者は何を考えてこんな争いのタネを蒔いてくれてしまったのだ。全く余計なことを。

「ごめん私、この大会に賛同できないし、出ないかもしれない」
うん、その方がいい。すると白井が叫んだ。
「ええっ。何で?!」
「争うのはよくないよ」
「争いじゃないよ。争いを避ける為の、代替としての勝負だよ」
富田がしょうもないことを力説しだした。
「えりこちゃんだって女同士で陰口言ったり殴り合いしたりするの嫌だろ。踊ることで相手を納得させられるのなら一番じゃん。自分の、自分だけの踊りを示すことで、これが私の目指すフォークダンスだ! って世に知らしめせばいいじゃん。民舞人としてはその方が納得いくんじゃないの?」
「そ、そっかな……」
「うん。僕はそう思うよ。えりこちゃん口では絶対植津ちゃんに敵わないと思うけどさ」
余計なお世話だ。
「踊りでは負けてないと思うよ」
そうか……そういう考え方も有るのか。そして富田はえりこのことをかってくれているのだ。期待してもらえるのはありがたい。まあでも役職を決める総会は11月で大会は12月。ちと大会は遅すぎるのだ。
「だから、一緒にやろうよ、ね」
「うん、ありがとね、でもさ実は、別の人にもパートナー申込まれてて」
「えっ誰?」
「えっと……柳沢くん」
「柳沢あああ〜?!」
「い、いつの間に……」
「いやあの」
「もう約束したの?」
「ううん。考えとくって言った」
「柳沢ああ〜」
白井はまだ何か叫んでいる。彼は何だか暑苦しい……いや熱い人で、面倒なのでこれまであまり絡まないようにしてきた。富田は同期の中では一番親切……なように見える。しかしえりこから見ると二人共背が高く、立ったままこう迫られると……ちょっと怖い。
「いやだからね、保留にしてもらったんだってば。それに1校に1組ってわけじゃないんじゃない? 二人共出たいんだったら他の子誘えばいいじゃん」
「そういえば葵さん1校に1組って言ってなかったよね? その辺ひょっとして決まってないのかな?」
「こんなイベントに出たがる酔狂な女子はおまえと植津くらいだ!」
「じゃ私、葵さんに聞いてみるわ」
「うん、よろしく。でもさやっぱり僕はえりこちゃんと踊りたいよ。同期だし。まだ柳沢に返事してないならもうちょっと考えてみて」
「大体うちのやつらが外のイベントに自主的に参加するはずがあるか? 特に女子!」
「うん、わかった。じゃあとりあえず葵さんに詳細聞けたら、後で知らせるね。多分女子部屋だから」
「うん。俺たち飲み部屋行ってるから。明日でもいいし、いつでもいいよ。うん」
「それでもって俺は勝ちたいんだよ! 植津かえりこくらいだろ、ラウンドで勝てそうなのって。そろそろ俺だって女子から尊敬されたいんだ! べ、別にモテたいとか言ってんじゃないぞ! 勝負事の無いこの世界でひと花咲かせる絶好のチャンスじゃないか。男たるものどんな勝負にも勝ってこそ……」

 えりこは階段を上がって、さっきまで2女で話し合いをしていた部屋の戸をノックした。随分長い間席を外すことになってしまって、皆に悪かったな、と思っていると、ハーイと数人の声がした。
 中に入ると、そこにいたのは3女の世羅吉乃さん、黄葵さん、北野順子さんの三人だった。順に大野女子大フォークダンス部の指導部長、部長、渉外部長という華の御三家の方々だ。
「あれ? 2女の皆は……」
「あらえりこちゃん。皆えりこちゃんが出てすぐ、今日はこれくらいにして飲み会行ってきます、もしえりこ見かけたら言っといて下さいって言いに来たから。それで私達この部屋に戻って来たのよ」
部長の黄葵さんは実は割合場をわきまえたところが有って、プライベートのお泊まり会なら湯上りにバスローブ着て寝椅子にでももたれかかっていそうな人なのに、合宿の時は民舞の制服とも言えるTシャツに練習用スカートという装いで、タオルを首にかけて座っていた。そっか、この部屋は葵さん達が寝る部屋なのに、しばらくの間2女の話し合いの為に明け渡してくれていたのだ。
「そうですか……すみません、伝言して下さって」
もう、遅くなったえりこも悪いと思っていたが、えりこが出てすぐ飲みに行っちゃったなんて。
「でも丁度良かった。私葵さんに聞きたいことが有ったんです」
「あら何かしら。恋の相談かしら」
「違います」
えりこは余計なことを言わせないように即答した。
「ラウンド大会のことです。葵さん大学対抗みたいにおっしゃってたけど、1校に1組って決まってるんですか?」
「それがね。決まってないのよ。っていうのはね、ちゃんと1校に何組まで、っていう風に決まってないの。その辺ちょっといい加減よね。でもそんな緩い感じでいいってことなんじゃない」
「そうですか……」
主催した方々は普段から変なイベントばっかりやってて慣れてるのかと思ったら、ちゃんと決まってないって、案外こういうところ緩いのか、それとも全日の本筋じゃないところで企画が進んでいるのか。とはいえ全国規模のイベントなら東京以外から来る人達が泊まる場所はもう既に確保しているんだろうし、どちらかというとこっちが飛び入りのような存在なのだから我々がすればいいのはエントリーだけで、他の話はえりこの知らない所でちゃんと進んでいるんだろう。
「なあに、えりこちゃんの他にも出たいって人いるの?」
何ですかそれ。人を物好きみたいに。
「はい、同期の植津ちゃんと、あと男子が」
「えりこちゃん誰と組むの?」
北野順子さんが身を乗り出してきた。この方はウェーブがかったきれいな茶色い髪に灰色の目をした大変華の有るお嬢様で、おばあさまがイギリス人だが本人は英語の話せないクォーターだ。欧米人にも見えるからよく道で英語で話しかけられて苦労しているらしい。首の詰まった白いフリルのブラウスを着てアフタヌーンティを飲みL.E.L.の詩でも読んでいれば絵になるのに、北島三郎の熱狂的なファンな上テレビの時代劇がお好きで、「男道」を豪快に歌い紅茶じゃなくてビールと日本酒を2本の指でかっ食らう順子さんの私生活を見た人は大抵ビビる。まあえりこだって時代劇も北島三郎も嫌いじゃあないけど。この人もお祭り好きの渉外部長なので、ラウンド大会にお出になればいいのになあとえりこは思った。
「パートナー、まだ決まってないんです」
えりこは皆が自分が大会に出ることを前提として話していることに困惑したが、あまりに言われるんでつい否定しそびれた。
「見つかりそう? 何なら私が福徳大に圧力かけてあげようか?」
「や、やめてください順子さん。違うんです。実は男子三人に申込まれていて」
「あらまあ」
葵さんが思わず感嘆の声をあげた。
「さすがのあたしも同時に三人から言い寄られたことなんて無いわねえ」
「何の話ですか! 踊りのパートナーのことですよ?」
「同じようなものよ」
「全然違います」
「要は誰と一緒に踊りたいかってことでしょ? 一緒に時間を過ごしたい、一つの踊りを共有したいってそういうことじゃない?」
「葵はすぐ飛躍するんだから」
吉乃さんは苦笑している。

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written by Nanori Hikitsu 2013
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